
プランターに植えた絹さやを摘んで、たべた。
これからは小さいながらも庭ができたので、
野菜をたくさんつくろうとおもう。
たべる、
水をのむ、
息をすう。
ここにはなるたけ、
否定的な気持ちだとか、批判だとかは
かかないようにとあの日以来
直接的にさわらずにきたけれど。
いう、
原子力発電所、についてである。
これまでも、
その危険性を指摘する声はたくさんあった。
声高に叫べば叫ぶほど
煙たいものをみるように
しらんぷりしようとするひとの姿勢をたくさんみた。
だって電気は必要でしょう?
なんていとも軽々といったりする。
わたしはといえば、それに容易くひるんでいたし
口をひらくことに躊躇していた。
ふつふつと心に抱えながら、
なんにもしなかった、に等しい。
想定外、なんてものじゃないはずなのである。
見ないふりをしているうちに
とうとう、それは起きてしまった。
だれが悪い、だのと言い出せばきりがない。
責任のない人、なんてものはもはやいないようにもおもわれる。
度合いというものが確かにあろうがでも、
誰かを祭り上げて悪者、としたってなんの解決にもならない。
今も事故は進行中である。
深く傷つくのはいつだって、
大きいものではなくて小さなもの
つよいものよりもよわいもの。
事実、原発は人の手に負えていない。
人が自然を手なずけることは到底できない。
そのことを、もうすっぽりと、認めるときがきた。
この期に及んで、は
もうなしでしょう?
東海地震で危ぶまれる
浜岡原発をはじめ、
全国の原発を稼動しつづけるなら
それは
福島の被害を受けてもなにも変わらないのと同じなんじゃないかと
おもう。
同じことをくりかえすの、か?
それはみんなに問われている。
全知恵とチカラを注いで
この事故を収束させること、そう祈ること
はもちろんのこと。
同時に、
言い訳なしに脱原発へ舵をきること
それはできないことじゃない。
可能であることを説く人はたくさんいる。
もう、
耳はふさがない
みないふりもしない
くちだって閉じたりしない
だまされたりしない。
これ以上汚すのも、傷つけるのもたくさんなのだ。
そうおもって、
水をのみ、
雨をみつめ、
息をすって、
いる。

大学生のころ、近所の中華料理店で
バイトをしていた。
よく通るカラカラした声で
まるで使えないバイトくんを
「やまだー!」と呼び、
叱られたりしながらも
沢山おせわになった。
山田がニンニク料理をしこたま食べた翌日には
「今日はちょっとこれで、ガムを買ってきてかみなさい」
と、100円玉をくれたりした。
そしてまた
ご飯がこれ相当に美味しくて
仕事が終わると毎度一品すきなのをつくってくれて
ビールと一緒にたらふくご馳走になったりした。
娘を産んでからも
家族でたびたび通っては
しみじみ、
「ここより旨い中華料理はない」
と山田家の面々は口をそろえていう。
これは実際、贔屓目なしにほんとのこと。
とくに、
我々はここのモツに目がなくて
牛モツねぎ和え
牛モツとニンニクの芽炒め
牛モツのから揚げ
・・・・
ゆけば片っ端からモツ料理を注文して
店のモツを食べつくすくらいだった。
お店はあるとき移転して少しばかり離れてしまったけれども、
毎年年末には忘年会かねて家族でゆくことにしていた。
昨年末、
マスターに電話をかけてみると
「今、店を閉めている」
という。
らしくない細い声で
「病気をしてしまって、結構悪くてな」
「癌なんだよ、山田」
って、いう。
私は気の利いたこともいえぬまま
電話をきった。
早くよくなってお店をあけてください
というのが精一杯だった。
以来、母の発案で鶴を折り始めた。
盲腸での入院中も、
消灯時間を過ぎて真っ暗になった病室で
手探りで鶴を折った。
むかし、祖父や祖母、いろんな大事なひとにもこうして鶴を折ったことがある。
祈って、ただ折ることしかできないけど
これがどこか大事なところへ、届くように。
娘も、妹も、母も、鶴の折り方をよく知らぬ父も。
そうしてできあがった千羽鶴を
さてようやく届けにいったときの話は、
長くなるので
また今度。

わが家はだしに煮干をよくつかいます。
それから昆布。
むろん昆布はたべる。
ときには少々がんばって
だしをとった煮干をたべてみるが
つづかない。
だしだけとってさようならっつうのは
どうも魚に申し訳ない。。。
と、いつもおもってました。
ら、
「粉にひけばよい」
と、谷戸のおばちゃんに教わった。
早速
これこれこうこうと娘に説明してみせたら、
あとは
せっせとおなかだけ取ってミルにかけてくれて、
見事
粉末のできあがり。
これでまるまる煮干がいただける。
ありがとうむすめっこ!

先日、お友達に
「実家の母から送られてきたから、おすそわけ」
と 柚子と柿をいくつかいただきました。
きっとお庭の木になっていたのであろう
橙色した柿の実はかごに入れて、
柔らかくなったところをむいてたべるともう
ぺろんとしていてすごぅく甘い。
つるつるした種があんまりきれいなので
ハムスター氏にさしあげてみたけれど
ちょっとかじって、しらんぷり。
あ、柿のたねはいけなかったですかね、とひっこめる。
いくつかは窓辺に飾ってあります。
柚子のほうは
黄色い皮ごと薄くスライスして瓶へ
粗糖と交互に入れて冷蔵庫に
5日もすれば
美味しい柚子茶の出来上がり。
色もきれいで、ついつい、
茶とはいわずにつまんではそのままたべておりますが
おかげでこの冬も
冬らしく、
まいれそうです。
お友達とお友達のおかあさん、
どうもありがとう。

ある日を境にやってきて
街中をすっぽり、
濃密に満たしていた金木犀の香りが
またこれ唐突に
ぴたりと消え去ったことにおどろく。
季節はまた先へと
すすんだのらしいです。
徳島にすむ友人のおうちから
今年も素敵に青々とした
スダチを送っていただいた。
秋刀魚にはもちろんスダチ
焼き茄子にもスダチ
釜揚げにもスダチ
夏の残りのそうめんにもスダチ。
友人のうちでは
刺身や味噌汁にまでスダチをしぼる。
むかし、
秋刀魚の目玉が好物だった娘も年々
その身を
きれいに食べられるようになってきた。
お皿の中にきれいに骨だけになった秋刀魚殿の姿は
清清しく、その骨を
かりかりに揚げてせんべいにしておくれとまでいう。
ぴんとした秋刀魚を焼いて、
その熱々をいただきながら
刻々と日々
秋深まってゆくであります。
10月だものね。

わたしは梅雨の頃の雨の音中で
2度寝する
というのがすきであります。
あるひは突然やってきて
がらりと
日の射しかたが変わって
空の青、雲が変わって
気づけば夏、どまんなかであります。
さて
今年も季節ということで先日娘と
赤紫蘇で飲み物をこしらえました。
今年参考にしたレシピは砂糖の量が
多すぎたようで
少々甘すぎの模様。
先日友人宅でいただいたのが
しごくおいしかったから
教わればよかったなあ。
しかしたっぷりとできたので
ごくごく飲むのであります。
それにしても
夏、というのはこんなにも
くるひもくるひも暑いものだったけ?
夏、一体何年目だよおまえさん
とはおもうけれど
正直とても鮮やかにそう
おもうんです。