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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

若布 

台所 |

mimoza

若布の季節である。

この頃はちまたに梅が花盛りで、
メジロの声がそこいらじゅうできこえる。

メジロはいつもかは知らないけれど、
なかなか見た目にそぐわぬ、にぎやかしい声でなく。
昨年の春であったか、
娘と寝ていると鳥の声で目が覚めた。

寝床の硝子越しに生える木にやってきた鳥が
それはそれはやかましく、
せわしなく鳴く。
一体どんな鳥であろうかとそっと覗いてみると、
それはきれいな鶯色の身体に
目の周りだけが白い、
見目麗しきメジロであった。

にわかに信じがたいほどのその声のやかましさ。
以来、すっかりメジロがすきになってしまった。

そうして何度かそういうことを繰り返すうちに
ついにその鳴き声を聞き分けるまでになった。

先日
母と散歩中にそのことを話すと、
母は、メジロはちゅ、ちゅ、と可愛らしく鳴く
という。
彼女はある年の誕生日の贈り物に
バードウォッチング用の双眼鏡をおねだりする程であるので
あながち、それが間違いであるともおもえない。

だからきっと、
時と場合によって鳴き方が異なるのであろう
と、
私たちの間ではそういうことになった。


さて、話を若布に戻す。

この季節は近隣の海で若布が旬であるらしく、
今年はありがたいことに
あちら様から、こちら様から若布のお裾分けを頂戴した。
それも、採れたての若布である。

早速その晩の鍋にさっとはなしてみると、
ぱっと鮮やかな緑色に変わり、
食めば、全身に海の味が広がる。
鼻から抜ける磯の香りがなんともいえず、
この季節の海そのものを食べているようで
この上なく幸福。

味噌汁に、炒めものに、茎はつくだ煮風に、
と若布づくし。
それから、
ぐりんぐりんのめかぶを
これまたさっと湯にくぐらせて色鮮やかにして、
ざくざくと包丁で細かく刻む。
このねばねばにポン酢をかけて、
ごはんにのせて食べると
ああ、私はもし春に死にかけて
最後に何が食べたいかと訊かれたなら、
死の淵で
「めかぶごはん」
と、こたえよう
と、おもう。

先日、蕗の薹を頂いて
天ぷらにしたところやっぱり、
同じようにおもった。

だから
「蕗の薹の天ぷら」も加えることにしたい。
そして
タラの芽、わらび、うど、も生えてくる。

3年前の春、
制御不能となった原子力発電所から飛散した
目に見えぬものたちが、
大地に、海に、降り注いだ。
その汚染の大小はあれども少なからず
この国の、海をも超えて世界の
大地、海に影響を及ぼしていることは、
どうひっくり返しても否定できない。

311以前の世界には
巻き戻すことのできぬこの現実の中で
私たちは生きている。

まして、
目の前に生える山菜や川魚を、収穫物を、
口にすることもできぬほど汚された土地がある。
そこに生きてきた、
生きている人々のいる、その
取り返しのつかなさを、
その哀しみの深さを、
時の政権はどうもわかっていらっしゃらないようだ。

首相、
なにをみておいでですか
なにをめざしておいでですか
と、
新聞の記事を目にするたびに
私は叫ぶように
そうおもう。


若布を食べ、
魚を食べ、
ふきのとうを食べるだろう。

できるのは
おそれを知らぬほどの希望をもって
これからを
今を、どう生きるのか
それだけだ。


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サンマにポン酢、化粧水 

台所 |

sudachi


徳島に住む友人のご実家から
今年もたくさんの自家製スダチを頂いた。

秋刀魚にかける、
シラスにかける、
焼きナスにかける、
天ぷら、素麺つゆにひと絞り、
それから
化粧水と、
今年も彼女の母から教わったポン酢をこしらえる。


さてほい
このところの
この国の政治にうんざり、苦虫をかみつぶしている。


わたしは日本という国が好きなのだ

先の震災後、いたいほど自覚したのだけれども、
それは残念なことに
この国の仕組みや政治、現在の町々のあり様を誇らしくおもうわけでもないし、
むろんほかの国より日本が優れているとおもうわけでも、
まして、
領土問題だ抑止力だと煽られる類の愛国心を指すわけではない。


ただ
流れる川、ここから見上げる空、
山々の峰やその中に生きる大小さまざまの生き物、
田や畑、
秋になれば揺れる稲穂、
春の青田、
畳や柱、おばあちゃんの背中、
海辺の町、
そこここの訛り、
ぬか漬けに味噌汁、つやつや光る米、
だとか
そういう景色や営みを愛おしく
大事に、誇りにおもっている。


だからつまり、
わたしは
それらをたやすく踏みにじってしまう
原子力発電所をよく思わないし、
騒音と不安、日常の危険と隣り合わせにした上
どこかで人を殺めるための新型戦闘輸送機や基地の存在を
よく思わない。

しつこくしつこく
この話題を口にするけれど、
多くの国民が声を上げてもなお
しらんふりをするお偉方をみるにつけ、わたしは、
自力で立ち暮らすすべを身につけるよりほかにないのだなと
思い、いたる。
下からわーわー言っても
まるで聴く耳をもたないのなら、
こちらが思い思いに自立して幸福を築き上げるしかないのかもしれない。
それが、
何より意味や力を持つのかもしれない。



鼻で、笑われそうな小さな試みではあるけれど、
そんなわけでの
化粧水やポン酢作り、なのである。


炊飯器をやめて土鍋や圧力鍋で米を炊くし、
(電気で熱を産むのはとても非効率だそうだから)
掃除機ではなく箒、
使わぬコンセントは引っこ抜き、
テレビにもさよなら、
アンペアを20Aに下げて3人暮らし。
けち臭いかもしれないけど、
ティッシュ一枚も易々捨てずにポケットに入れて
数回使ったりもする。

311後、
今のわたしには
恥ずかしながらまだまだ足りない。


多くの貨幣や便利と引き換えに、
あちこちで愉快そうに生きる人々の声を聴くにつけ、
足元からひとつひとつ、
ほんの少しずつかもしれないけれど
わたしも、
そのひとりになろうとおもうのだ。









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祖母の台所 

台所 |

りんごまな板

3月、
りんご形をしたまな板。

これは祖母の台所で長く使われていたものを
昨春、譲り受けた。


祖母は仙台に住んでいて、昨年の3月
長く暮らしていた家は壊れた。

私の父が幼少のころというから、
かれこれ60年近く。
3人の子どもらが巣立ち、祖父が亡くなってからも
祖母は変わらずこの家に住み続けた。

そこいら一面田んぼだらけで
長閑だった家の周りは、いつの間にだか賑やかに
隣にショッピングモールが立ち並ぶほどにまで、様変わりをしていたけれど
建設時には随分と家も揺れたし、かんかんごんごんやかましかったけれど、
それでも
祖母はその場所を守りたかったし、
いとおしく思っていたのだと、後に知る。



有難いことに、あの日祖母は外出中で無事だった。

全壊で、修復不可能とされた家は
家じゅうに歴史をつめこんだまま壊されて
更地となる。


せめて少しだけでもと、譲り受けてきたもののひとつがこの、
りんごちゃんのまな板なのである。

木のものは、洗ってすぐに拭かなけりゃあいけない。
そう母に口をすっぱくして言われても、
無精者の私はついつい、ついつい、が積み重なって
いつの間にか隅っこを黒くしてしまう。
あろうことか、このまな板だってしかり。
端っこの少々黒ずんでしまったそれをみて、はっとする。

私の記憶をたどるかぎり、
祖母の台所に昔々からあったこの小ぶりのまな板は
ここへ来るまでカビひとつなかった。

祖母はこれを、丁寧に使い続けてきたのである。
あのとき、持ち切れずに置いてきてしまった物物、なにもかもが
いっぺんにごみとなってしまった。
それらひとつひとつには、祖母の想い出がいかほどにつめこまれたものだったか。


大切なひとを亡くしたひと、
故郷へ帰れぬひと、
家を、大事なものを失くしたひと、
ひとひとひと。
ひとひとひとひと。


それぞれがそれぞれに
比べたりはできない。


以来、祖母は近くに住む息子夫婦の家に身を寄せている。
祖母の家のあったところは現在、
ぽっかりと更地になっている。

冬には雪がつもって、
今頃は草も生えているかもしれない。

かつて、我々孫たちが集まって書いたあほらしい絵をそこいらじゅうに張って
展覧会を催した壁も、
くるくる回った階段の手すりも、
正月に皆のお膳を並べた茶の間も、
神棚、だるま、こけし、庭木、
田んぼの畔を歩いて祖父と買いに行ったお菓子を食べたベランダも、
流行りものに目がない祖母の取り入れる健康グッズ、
ヨーグルトやヤクルトのたくさん入った冷蔵庫も、
何もかも今はなくて、
ただ、風が吹き抜けてゆく。

祖母はそこへ、あまり行きたがらないそうだ。
でも、きっと行きたい。

ぽんぽんちきの孫、わたしでさえ
胸のつぶれる思いがするというのに、
彼女はどんな思いで毎夜眠るのだろう、目を覚ますのだろう。


祖父の写真の前で手を合わせ、
おばあちゃんがさみしくないように守ってくださいというと、
祖父はかならず、
さとちゃんもさとちゃんのできることをしてあげてほしいよと
無言で、
静かに笑って、いう。


いっさいがっさい、すべて失った人も
それでも、生きてゆく。

そのほんのひと支えに、
生きているひとりひとり、わたし、
互いがなれたらばなとおもう。

そうして、生きていく。



03:01 |  trackback: -- | comment: -- | edit

干し柿と青トマト 

台所 |

箱の柿


渋柿が届いたので
早速、むすめと干し柿をこしらえる。

へたをはさみでくるりと切るのが彼女、
皮をむくのが私。
ふたりで縄にぶら下げて吊るす。

柿電燈



冬の空気のなかにぶらぶらと、
電燈がともったようで
私たちはこの景色がすきだ。

乾いてきた実を、
やさしく揉んで柔らかくする。
むすめはこの頃、
こういう手伝いが面白いらしい。


さて、畑のトマトがいまだに実をつけて
青いままでいる。

青トマト


友人からいただいた森岡尚子さんの本
「沖縄、島ごはん(改訂版)」 (伽楽可楽)
を何の気なしに台所で立ち読みしていたら
ほい、
ちょうど冬の青トマトでこしらえるピクルス
というのを見つけた。

早速庭からトマトをもいできて
ピクルスにしてみた。

ピクルス氏


冬の台所というのは案外、
愉しくてうきうきしてしまう。




17:11 |  trackback: -- | comment: -- | edit

十三夜 

台所 |

月見団子


おとついの晩は
十三夜だというので、
月見団子を娘と習い、こしらえてきた。

教えてくだすったのは、
葉山にある「ノムリエル」のみどりさん。
有機の玄米、野菜を中心にした食事と甘味の
しごく、おいしいお店。

お月見は日本で
十五夜(中秋の名月)
そのひと月後の、十三夜
この両方をするものなのだそうで、
片方しかしないことを「片見月」といって縁起がわるいとされる
のですって。

お恥ずかしながら我が家は今年、十五夜をちゃんとやらなかったので
縁起はよろしくない。
ここはいたしかたないので
来年からは縁起よくいこうとおもう。

月は
潮の満ち引きをつくり、
農作物もまた、月によって影響をうけている。
お月見は
一年の実りをお月さんに感謝すること
だから月から見える場所に
お団子を飾る。
お団子をぱくつきながら月をめでるわけではないらしい。

というそもそもの、大事なことも教わったりする。

帰り道に摘んだススキと
先日拾ってきた山栗を一緒に飾る。


翌朝、待ちかねた娘と
みたらし、餡子をつけていただいた。
むろん、とてもおいしかった。

月や、あまたの恵みをありがたく頂いていた昔の人々。
そういう風習を
娘と味わってゆけたらばなとおもう。

まだまだ、知らずにいることはあまりに多いものだから
教わる機会を大事にしてゆきたいものである。







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非電化甘酒 

台所 |

先日、カメラがこわれてしまって

ただ今修理中。

ゆえに

かたじけなくも画像がありません。



この頃いろんなものが

こわれたりします。

それを機に、それなしの人生をゆくかどうかと

いちいち考えたりもするのだけれど

カメラは直してみることに。



わたしの目がカメラ

なんてことを

茨木のり子みたいに恰好よく言ってみたい気もするけれども。





さて、私は子どものころから甘酒がすきです。

東北で育ったこともあって

寒い日にひえきって帰るといつも母がこしらえてくれている甘酒を

ふうふういって飲むのがすごくすきだった。

以来

元朝参りで神社がふるまってくれる甘酒はお神酒とともに必ずいただくし、

「甘酒横丁」なんて名前がついているだけでさぞや美味しい甘酒が飲めるんであろう


想像したりする。



子どもの頃飲んだ母の甘酒は

酒粕を溶かしてお砂糖を入れてつくるやつで、

スーパーで酒粕をみかけると必ず袋の上からにおいをかいだし

あの袋をみるだけで、よだれがでた。

しかし大人になって、麹でつくる甘酒を知る。

砂糖は入れないというのに、なぜなんだかちゃんと甘い。

身体にもなんだかよさそうである。



で、先日「大地を守る会」で麹を買い

いよいよ憧れの甘酒をつくってみた。



なになに

添付の作り方によれば、

「炊飯器またはヨーグルトメーカーで」

とあるけれども、わが家には残念ながらどちらもない。

(お米は圧力鍋か土鍋で炊くのである)

仕方ないので魔法瓶の水筒でやってみることにする。

だって、ようは保温できればいいんでございましょう?



次に、

「麹に60度に冷ましたお湯を注いで混ぜ、5時間放置」

しかしわが家には重ねて残念ながら温度計がない。

仕方ないので、指をつっこんでなんとなく60度とやらを探ってみる。

このお湯に麹を混ぜて、水筒にいれて2〜3時間後

すこしぬるくなってきているので小鍋ですこしだけあたためて

ふたたび水筒へ。



そんなこんなで5〜6時間後。

飲んでみればそれは立派に甘酒になっていました。

甘味はまあるく

麹が可愛らしくつぶつぶしていておいしい。

ひとつまみの塩をいれると味が増す。



てなわけで、文明の乏しいわが家でも作れることが判明。

案外、こんなふうにもものはできるみたい。

麹菌さまさまである。

好物の甘酒を今は冷やして、

冬にはあたたかくして飲もうとおもいます。





ちなみに、炊飯器だと「ふたを開けたまま保温」するとある。

5時間も!

で…電気をそんなに使うんすか。



水筒で甘酒、やまだはこっちをおすすめしてみます。

おもしろいよ。
11:54 |  trackback: -- | comment: -- | edit

八朔 

台所 |

八朔ピール


キエーロ大活躍
といえども
極力、生ごみをださぬようになりました。

そんなわけで、
八朔の皮も捨てないすべはないかと
先日、
八朔ピールをつくってみた。

これにチョコレートをかけたら
大好きなあれだ、
あれになる、とおもっているうちに

ぺろり、
なくなってしまったけれども。
15:47 |  trackback: -- | comment: -- | edit