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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

ごくちいさなきれいなとり 

音楽 |

hummingbird


cd


土曜日
むすめっこがとうとう
「ビューティフルハミングバード」
の生音うたをききました。

それはわたしとむすめっこにとって
それはそれは素晴らしい出来事である。

六本木のHAKKA KIDSおとなりの
「CafeR」でのイベントに
なかよしの編集親子氏とともに
お招き、いただいたのです。

ありがたきありがたき、こと。


絵本作家 まえをけいこ。さんの
おはなしがあの
ふわわんとして、朗らかで、ひらひらすきとおる
小池さんの声でもって音となり、
うたと
田畑さんの指つまびくやわらかなギターの音が
満ちてゆく。

空気も、色も、
みみの中も、心の中も、身体の中も、見えない部分も
ぜんぶ
おおきくてふるえるものに包まれる
ようだった。

めになみだがじゅわと溢れるひと
すいこまれるようにくぎづけのむすめ
うっとりするひと
ちいさくハミングして、ゆれる小さな、大きなからだたち。

それはそれは、
ほんとうにすばらしい

どうしてあんなにすてきなんだろう!

終演後
胸をいっぱいにして
おふたりにはなしかけ、
(とってもとっても素敵なかたたち!)
となりでむすめはかちんこちんになっていたけれど
むすめもまた、実は
心をいっぱいにしていた。

朗読された絵本の一冊
「ひゃっこちゃん」。
会場にいらしていた まえをけいこ。さんから
可愛らしいサインもしていただいて

その晩は満月
のはずの空は、雲が出て姿はみえなかったけれど
子どもたちと久しぶりに東京タワーをながめ
わらいながら
めにみえない月を見上げて

るんるんと
それはしてるんるんと
家路につきました。


感謝と、はねまわるようなスキップをこめて。

16:44 |  trackback: -- | comment: -- | edit

みみからおく 

音楽 |

mimi


うた
を聴きにいった。

ビューティフルハミングバード
というひとたち

ちょうど今号のComoに
紹介させてもろうているけれど、
そのご縁で実は先日
ライヴにご招待いただいた。

そこへ
躍るようにゆきました。

場所は教会。
マイクなしの純粋な生音に
「みみをすまそう」
というものだった。

この方々の存在を教えてくれたひとから
「泣いてしまうよ」
といわれて参ったものだから、
いつ泣くかやれどんなところでか

おそらく少々かまえて
席に座っていたのだけれど
気がつけば、
あごから滴るくらいに
泣いていた。

理由なんてものを言葉にするのは
むつかしい

ただ
いつも蓋をしているようなものものが
放たれるように
泣くがままにいた。

泣くまいと
手につめをたてるでも
かみころすでも
歯をかりりと合わせるでもなく

かなしい、とも
うれしい、ともつかぬ
不思議なところのものによって。

ほんとうに素晴らしかった

と、いうのももう
2週間も前のこと。
情報が一瞬にして交錯してゆくこのご時世

驚くような時差でもって
おおくりしております山田
であります。
17:27 |  trackback: -- | comment: -- | edit

暗闇とうた 

音楽 |

uta


都会に暮らしていると とんと

暗闇というものに縁遠くなる。

夜眠るにしても、カーテンを通り抜けて

外の街灯や家々の灯りが家の中を

うすぼんやりと照らしている。

雨戸でも閉めれば別ですけど

ね。



数年前だかに

森に出かけていって、

着いたのが夜だったもんで

行く先まで暗がりをひとりで歩かねばならず、

歩道の両脇にあるもうもうとした森は

暗く、

無音の闇に飲み込まれるようで

心細くて気づけば、

ハイジのうたを大声で歌っていた。



こんなとき、人間ひとりなんぞ

いや、人間なんぞ

到底自然には敵わないと思い知る。



このカンカクが私は

ちょっと大事なんじゃないかとおもっています。

人間は自然を支配できるとでもいうような

カンカクは

はっきしゆって思い違いである、と

私はおもう。

ただ、その偉大なものに寄り添っていればいい。

そんなことを思う。



さて。

話はしばしそれましたが 年末、

『cafe Slow』

http://www.cafeslow.com/

という国分寺にあるカフェに、

とあるイベントを尋ねて

ましゅとはるばる出かけました。

ここでは月に数回

“暗闇カフェ”

なるものを催していて

ローソクの灯りのみで食事をし、

暗闇演出のイベントを行ったりしているらしく。

その日はピアノと踊りのコラボレーションの日で

ピアニスト 重松壮一郎さんの音を

聴きに行った。



薄暗がりの中、

ぽつぽつとあるローソクの灯りがのったテーブルで

ましゅはパンと、踊りに夢中。

私はちびちび飲むワインと、ピアノに夢中。

即興と、時々オリジナルを交えながら

ピアノの音は暗闇を包むように、

震わせ、流れ、すばらしかった。

素晴らしいとひとは、

なんで涙ってでるんでしょうかね。



重松さんのCDを1枚持っていて、

目覚めたときにかけたりしていて

とても気に入っている。

しかし

生の音は格別です。



普段は8時過ぎには布団に入るましゅを連れて、

しかも遠方で

夜のイベントは正直迷ったりもしたのだけれど

えいやっと行ってみて

本当によかった。



ましゅは、

この辺に住みたいというほど

このカフェが気に入ったようです。



その二日後の冬至には

電気をつけず、

家中にローソクの灯りをぽつぽつ置いた。

初めてローソクの灯りだけで入った

ゆず湯は、格別に気持ちがよかった。



暗闇の中の灯りは

ひときわ明るく、

あたたかい。



たとえばこわいとき、

苦しくてかなわんとき、

気づけばいつも大声で歌を歌っている。

そんな自分はへんちゅくりんだけど、

やっぱり音楽とゆうものはすごいと

私は思っています。


23:23 |  trackback: -- | comment: -- | edit

リフレーッシュ 

音楽 |

miyakojima


ふたつ前の週末

宮古島にいってきました。



昔、映画でみて以来

いつか行きたいと ずっとおもっていた島。



娘も一緒に、とおもったけれど

「学校は絶対に休んじゃいかん」

と、わたしの父母がつよくつよくおっしゃり、

わしらが預かってあげるからひとりで

いってきたらええ

とゆわれ、いや、ゆっていただき、

わたくしひとりで行ってまいりました。

ぴゅいぴゅいっと。



経由地の那覇で

高校時代からの友人と待ち合わせて。



かつて彼女とは、

娘が生まれる一年前に

ふたりでバリに行こうとして、

しかし空港で搭乗手続きもせずに

どういうわけだか例によってマックでお茶なぞしていて

気がついたときには受付終了

「もう乗せられません、お客様」

と硬く硬くゆわれ、

どうごねてもゆわれ、

むろん返金なんぞしてもらえず、

とほうに暮れて関空のベンチで夜を明かしたっけ・・。

毛布を貸してくれるのね、空港ってね。

薄暗くがらんとしたまだ真新しい空港に、声がやたらとひびいたのを憶えてます。



その翌日、

このまんまでは帰れぬと意を決してお金はたいて

あんときはふたりで石垣島にいったのだった。

お互いこれまたどういうわけだか所持していた妹のスカイメイト使ったりなんかして…。




とにかくお金がないものだから

おなかが空けばポケットの黒砂糖をかじり、

ヒッチハイクしたりしてね。


むちゃくちゃ笑った旅だったなー。





で、このたびも道連れはこのひと。


愉快でないわけはない。



ミヤコジマ。



綺麗だとは聞いていたけれど

ここにある水ぜんぶが透明でわたしに

押し寄せる。

カラダをとっぷりと包む。



夜には星がやたらと光っていて、

原付で走り回ってあたる風の匂いは清々しく、

さとうきびは揺れていて、

目の合う人誰しもが、なんか微笑んでおって、

太陽の光りは半端なく我々を照らす。




「水鳥と同じ目線になれる」という

シーカヤックにも初挑戦。

小学校の頃習った「漕げよマイケル」を

思わず歌いながらぐんぐん漕ぐ。



なんていったらいいでしょう。

またやりたい。

今度は娘も乗せて!



そしてそして。

そもそも旅の目的であった

ミュージックコンベンション

とゆう3日間のライブイベント。

それもビーチでやるとくる。

夕暮れにかけて変わる空の色の下。



私は例によって

山崎まさよしがみたくてきましたが、



道連れの友は

「野狐禅っていうバンドがいいんでよ」とゆう。



山崎氏はむろん素晴らしかったけど、

この野狐禅。

野狐禅さんよ。

とりつくろわず、体裁構わず、

ただ

カラダか魂か、なんだろうか

湧き出るものそのままを、そのままの熱を持ってこの空間に乗せる

とでもいえばよいか。

これ常人じゃできませんから。

すげーな!

しかゆえない。

我々

何度ゆったでしょう

すげーな!

と。



この人たち、

ぜひとも生でまずは聞いてみていただきたい。

賛否両論な気もするけれど、わたしはすきです。



さて、

宿のかたにもうんとお世話になりまして、

ぎりぎり原付をとばして

帰りの便も滑り込み…。



子どもみたいに終始はしゃいで

3日間の旅は終わりました。


父母娘よ、ほんとうにありがとう。





高校3年の夏休み。

蝉の声が壁みたいにわしわし響くがらがらの教室の窓から

「このままずーっと空見とりたいよなあ」

と呟いた私達。

汗かき

受験勉強して、

あれから12年ってか。



あの頃想像していたより

ずっとずっと人生はおかしい。

けれど、

まあこうして笑って砂浜に穴を掘ったりしている。

だからいいか。

これでいっか

よろしいやんね。



と、肩の力が抜けた気がした。

行く先を怖がっててもしゃあないか。

なるようにしかならないんだ。

なんだって受け止めて生きてこうじゃあないか。



あるがままで。

笑い飛ばして。



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音楽会 

音楽 |

ひょいと前の日曜日、

「ともともの ガラクタ音楽会」というのに

行ってきました。



ともとも

ご存知ないか?

NHK教育の番組「ドレミノテレビ」に

出ていらっしゃった“ともとも”こと、山口とも さん

で、あります。

前髪がくりん、とおでこに張り付いていて、

「○○なのよん」と、言うひと。

がってんいただけましたかな。



これが。

底抜けに面白くってー。

ましゅも、私も、愉快でたまらんで。



本当にこの方、ガラクタとは名ばかりではなく、

本気でガラクタを楽器にしています。

魚屋さんの発泡スチロール、

庭で枯れたどんぐりの木の枝、

配管工事やらで転がっているねずみ色の筒、

くるくる回して開くお風呂ガラスの板、

キムチの入ってた一升缶

……。



これらがこのひとの手にかかると、どっこい、

音楽になっている。

綺麗な音、不思議な音、南国の音…。

それもわくわくしてたまらぬ、わけわからぬ世界で

こちらは夢中。

はしゃいでいる。

ともともに、すっかり心をかっさらわれました

我々。



愉快な中で、

するりと彼が言った言葉。

「ただ歩く、それだけでもう、リズムを刻んでいる。

それに心臓。

ドクドクとただ、生きているだけで僕らは

すでに音楽をやってるんです。

だから音楽は、おおげさなものじゃなくって、もっと、

身近にあるもの、だとおもう」

細かいニュアンスがうまく再現できんで歯がゆいけど、

まぁざっとこんなことを言っていて、印象的でした。



そんなふうに思えば、音楽ってやつがもっともっと、

肩肘はらず、特別じゃなく、自由でのびやかに、

まんまるごと楽しめる気がして

素敵やなぁと、おもったのでした。

「音楽」=音を楽しむ

な、なるほどね。



そんなこんなで、

会場には手づくりの鳴り物を各自持って行く、

が約束事だったので、

我々も、プラコップにカボチャの種やらー、

ビーズやらーを入れて行きました。

最後は会場みんなで大騒ぎ。

てな感じの、楽しい会でありました。



娘はその後、貝殻の背中をこすり合わせて

ゲッロゥゲッロウと音を出しては、

「これこれ、ともともがやってたやつ」とかいって

誇らしげに見せてきます。



お近くの町にともともが来たらこれ、ぜひ。

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