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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

空をみよ 

家族のこと |

soranisi-tu


我が家のハムスター氏が旅へでた。


これまでも氏は、いつだりどこだり旅へでた。

アパートの2階、冷蔵庫の下から洗濯機、でんわ台の下
隅から隅まで。
ときに食料と毛布をたずさえ、キャンプもした。
縄張りに侵入する人間の足は噛んでやったりもする。

引っ越した先でその領域は拡大
畳の上、台所、長い廊下を走り回った。
そうしてひととおりの旅に満足がいくと、
巣に戻ってまるまる。

次の旅へ出たければ、かごをがじがじかじる。

二度三度、
いつまでたっても巣穴がもぬけの殻、
ということがあって、
そのときには二度、
娘の黄色い長靴の中に落っこちていたし、
一度は風呂場の隅に発見された。

いずれにしても救出された直後はごはんを
がつがつ食べた。


しかし今度の旅はそれらとはちがう。

身体はここにある。
中身だけが、すっぽりといない。


とたん身体は軽くなるのだと
毛の生えた身体をてのひらにのせたまま、
朦朧とした意識と
薄暗がりの中、
その境目だけははっきりと伝わった。

ぱたりと、
こちらの幕は閉じ、
ぬくもりを残したまま飛び出した氏は
、どこへ。


娘は、氏の夢をみたといって
何年ぶりかに布団を濡らして目を覚ました。

ハム氏はたぶん、
距離も、かたちも、まるで次元の超えたところへ
いったのだろうとおもう。
触れられぬほど遠いところにいるひとのところにも、
たとえば同時に何か所にでも、
ゆける。


目に見えぬものは、世界全体にとけている。
そういうところへ、
そういうものに、なったのだとおもう。


二人暮らし、というたびに
「ママ、ふたりと一匹でしょ」
と必ず訂正を入れてきた娘。

視界を横切るねずみいろの毛むくじゃら、
おしりをぶりぶりして駆け回るものの
いない部屋。
空っぽの巣籠。
残ったたくさんのひまわり。
冬用に買いだめた綿。
好物のアーモンド。
言い出せばきりがない。


亡骸は娘が学校からかえったら
土へかえす。

ここにもうハム氏はいない。
氏を探すなら、空をみよ。

これから、寒くなる。



12:07 |  trackback: -- | comment: -- | edit

露台でサンドイッチ 

家族のこと |

露台


娘の遠足。
バスでダムを見にゆくのだそうだ。
放流も眺めるらしい。

そんなわけで今朝はサンドイッチをこしらえる。

むろん、自分の分もついでにこしらえる。

あらやだもうお昼だわ
といってぱかっと弁当箱を開ければ
たちどころにごはんが頂ける、というのだから
お弁当というやつは優れものだなとおもう。


家のなかは冷え冷えしているというのに、
外はぴかぴかの陽気。

そんなわけで今日は妹とベランダでお昼ごはんを食べた。

ござをしいて、
ちゃぶ台もだす。

上空ではトンビが旋回している。


春からはじめた妹をまじえる3人暮らしも
あとわずかである。

こんなふうに、
彼女とままごとみたいな時間を過ごすことはこの先、
もうないのかもしれない。

友だちとも恋人とも違う、
姉妹というもの。

これをくれた父母に、
わたしは感謝しているのである。



さて、そうこうしているうちに
九州電力は玄海原発の4号機の運転をさっさと再開するという。
まてまて、
なにがどうなればそういうことになるのか皆目わからない。


あわてて再開中止を求める署名をし、
枝野大臣にメールを送った。

・・・・・・・・・・・・・

【緊急署名】玄海原発4号の運転再開停止を!

http://goo.gl/81jOp

最終締め切り:2011年11月4日 午前9:00

・・・・・・・・・・・・・

この国をこれ以上、汚さないでもらいたい。
この国をすきでいさせてほしい。





23:10 |  trackback: -- | comment: -- | edit

いもうと 

家族のこと |

土産


4ヶ月ほど
地球をぐるり一周する旅にでかけていた妹が
かえってきた。

首をながくして
ながいことかえりを
待っていたわたしだったけれど、
いざ
とびらをあけてきた妹をみた瞬間
ちょっと前に
いったばかりのような錯覚におちいったから不思議。

なんなんでしょう
こういう瞬間、時間はへんなふうになる。

旅の最中誕生日をむかえた妹はすでに30だけれども
よしよし、とあたまをなぜる。
よくぞ無事で帰ってきたねぇおまえ。

って、おおげさだけど。

どでかいバッグパックぱんぱんに
お土産をつめて
ふるまってくれた。


むかし、おねえちゃんだったわたしはずいぶん
彼女にいぢわるをしたとおもう。
ずるっこしていいものを先に選んだりもしたし、
お風呂でも、ごはんどきも、はらっぱでも、けんかも随分したっけね。

けれども
節々で、わたしの味方になってくれたきみ。

方々で、さぞいろんなものをみたでしょう。
あたしゃーきみがもっとちいさくて鼻水たらしていたころからしってるんだ。
そんなきみが、
きみのあたまで、こころで、てあしで、
考えたこと、感じること、えらんでゆくことは正しいと
そう、
わたしは自信をもってゆうよ。
14:59 |  trackback: -- | comment: -- | edit

おふくろとてぶくろ 

家族のこと |

てぶくろ


むすめに
母の編んでくれた、てぶくろ。

昨年のクリスマス前から
なんどもかたちになっては、
孫の手にはめてみて
ここをこうしようとか
ここはちょっと短かっただとかいって
なんどもなんどもほどいては、
編み直していた。

わたしからしたら
指は5本ちゃんとあるんだし
もう充分そのままでいいがな、
とおもうけれども
母はむかしっから妥協というものを知らぬところがあります。

わたしはちいとも似ていない。
だいたい、わたしは手袋なんて編めないし
せいぜい、マフラーや帽子がいいところ。
それだって、自慢じゃないけど自信は相当にない。


新鮮な鯵をいただけば
母は
しゃっしゃと
干物をつくるし、
酢〆にするし、
それらはえらくおいしい。

なんて、見上げてばかりいないで
わたしもその技を見習いましょう
と、おもう。

いい加減な性格ばかりはたぶん
変わりそうにもないけれど。
15:03 |  trackback: -- | comment: -- | edit

父さん 

家族のこと |

tegami


父は、山のようだ

とわたしはおもう。



先月、父は60歳を迎え

38年間勤めた会社を退職しました。



もう何年も前から、

もう60だ、60だ

と言っていた父さんにとうとう

本当に還暦がやってきたのである。



父はみたところ

60歳にはおよそみえない

(と、わたしはおもう。)

母には

まだ若いんだからもう少し働けば…と

ゆわれ、

会社からも

どうだいもう少し働いてくれないかと

言っていただいたそうだが

父はすぱりと

やめる決意をした。



父がかつて

桜をみてぽつりと言ったことがある。

「退き際が潔いのは美しいもんだ、な」

と。



父はわが家の女たちに比べ、

普段あまりやかましくない。

朴訥としている。

お酒は大好きだが

仕事の愚痴もこぼさなければ、

よっぱらってぐだをまくこともない。



そんな父の内にある

美学のようなものを

わたしはそのとき、ほんの少し

覗き見たような気がしたのを憶えている。



わたしは

身内をべたべたと人前で褒めたりしないことを

常としている、

つもりである。

が、

今日はそんなことも書いてしまう。

なんせ、父の祝いであるからして。



うちの家族はよくも悪くも、

密度がこいい。

なにかというと集まって、ごはんを食べ、祝い事をする。



父の仕事柄

小さな頃から方々を転勤してあるき、

見知らぬ土地や人々の中でやってゆくには

家族がぎゅっとしていること

その土台を

それぞれが求めた、

というのも少なからずあるのかもしれない。



女たちは口やかましくあれこれ言い、

喧嘩をしたり、

暮らしの上でも大騒ぎである。

家出騒動だって時にある。



そんな中で父はだいたいにおいて

静かにそこにおり、

ときに山が動くようにして動く。



思春期の頃

わたしは何度か父に強烈に叱られたことがある。

襖がぶっ飛ぶくらい。



父が本気で怒ると

雷か地響きみたいにこわい。

(何をいっているのかわからない、

それぐらいに、怒っている。)



思い返せばそれらはだいたいにおいて

わたしが母に酷いもの言いをしたときだった

ような気がする。



不器用で短気、真面目なひとである。

短気、の部分は昔と比べて随分と

なめらかになったけれど。



時間にもものすごくきちんとしていて、

随分と早くからコートを着て、

わたしたちをうろうろしながら待っている。

ずっと遅刻常習犯のわたしとは

天と地ほども違う。



さて

そんな父の退職の日

誕生日の前日のことである。



学校のある孫娘をのぞく

母と妹とわたし、女3人で

父の会社がある駅にゆこうじゃないか

ということになった。

想像上では

駅。

父がエスカレーターで改札へむかってくる、

すると女3人がつつましく立っておる、

頭をたれて感謝を述べる

父は泣く、

とまあ、こうである。



父に退社の時間をなんとなく尋ねると

「10時頃」

という。



そんなこといってもお父さんは早いからね、

と念のため早め

30分前には着くようにわたしたちは出かけた。

しかし

まだ一本電車を乗り換えようという頃、

母の携帯電話が鳴り

「今でました」

と、父は言う。



なんだって!?

とわたしたちは慌て

ちょっと待っていてください、とだけ言う。



それから15分ばかり後、

駅で待ちぼうけの父にがやがやと

「早すぎるわー」

と言いながら女たちは着いた。



泣かせるつもりが、

待たせてしまった。

びっくりさせるつもりが、

イライラさせてしまった。



どやどや言った後、はたと

今日の目的を思い出し

わたしたちは父に頭を下げる。

「ご苦労さまでした、ありがとうお父さん」

と。



それから父の勤めた会社をみにいって、

時間もありすぎるくらいあったので

近くの植物園に行った。

父はここに孫娘がいないことを少し

残念がっていたけれど、

こうして家族4人で出かけるのはとても

懐かしい感じがした。



なんにも変わっていない気がするのに

時だけはどんどん

過ぎ、重なっていっている。



お昼、

父のよく行ったという

気に入りの定食屋できじ丼を

おいしいおいしいと

皆で100回くらい言って食べ、

父はビンビールを一本飲んだ。



夕方、

孫娘から花束が渡され

夕飯を食べ、お酒を飲み、お祝いをした。

ひとりひとりからの手紙を読み上げ

父はハンカチで目をぬぐいながらそれを聞いた。



38年。

ちょうどわたしと娘の歳を足した年である。

長い、年月である。

ふらふらと

根無し草のように生きるわたしを、

父は内心憂いているとおもう。



わたしは到底

父のようにはなれないけれど、

山のような父を

静かに

尊敬しているのである。

17:42 |  trackback: -- | comment: -- | edit

旅なのか 

家族のこと |

あんまりに唐突で、

あんまりにがっくりきてしまって

なかなか書けずにいたけれど。



クリスマスにやってきたハムスターのハムラさんが

つめたく、動かなくなりました。

ましゅ、誕生日の前日のことです。



眠る前、なんだか様子がおかしい気がして

でもまさかとおもいつつ

でも妙に胸騒ぎがして、

巣箱を手のひらで包みながら眠っていると

夜中。

ちょうど元気なハムラ氏の夢をみていた最中、

元気に巣箱から出てきて手のひらにのり、

じっとして眠りはじめた。

ちょっと安心してそのまま うとうとしていたら朝方

急に反り返り、反り返り、

大丈夫!?

と言った次の瞬間にはもう

動かなくなりました。



さっきまで、遠くで馬がはしるみたいな音で

聞こえていた心音が

耳を澄ましても聞こえなくて、

もう明らかに抜け殻の身体が

手の中にいました。

呼んでも、

叫んでも、

祈っても、

もちろん泣いたって、

戻りませんでした。



まだ温かい身体を手に包んだまま

眠り 朝が来ても、

ハムラはやっぱり死んでいました。



その日

ましゅをひざにのせ、

ゆっくりとそのことを話したとき、

ましゅは壊れたように泣きました。

声にならない声で

ハム…ハム…ハムラ…と

名を呼びながら、七転八倒しました。

びしょびしょにマスカラが流れ落ちて

泣く私のひどいカオをみて

指差して笑って、

また泣き出して…を繰り返し

ひたすら哀しそうに泣きつづけて

ハムラの身体をなでました。



この手がましゅのほうに伸びてきたのに…

とか

鼻で指の間をぐいぐい押してきたのに…

といいながら、また泣きました。



まだ天国なんか行っちゃだめだったのに。

ずっとずっと一緒にいたかったのに。

私は頷いて、

抱きしめるしかできなくて。



私は何かできたはずだと、

何が一体いけなかったのだろうと

小さな命を守りきれなかったことに、

こんなにも早々にこの世界から、

ましゅの手から

失わせてしまったことを

後悔し、悔やみ、

祈っても時間は戻らなくて

息は吹き返してくれなくて、

どんどん硬くなってゆく身体を翌日、

ローズマリーの木の下に埋めました。

花をたくさん入れて。



ましゅが

ひまわりの種を一緒に入れていたので、

夏にはひまわりが咲くかもしれません。



ましゅはあの日、

人生最大に泣いたので

その後はけろりとして

でもときどき、

くう に

「ハムラ」

と呼んでみたりして

「いつか飼いたいから、かごは捨てないでね」

と、ゆっています。



かごはもちろん捨てられるはずもなく、

同じ場所に置いたまま。

ときどき、巣箱からにょきにょき出てきて

水を飲むんじゃないかという気が

一瞬したりします。



数日は

夜、ひとりになるとしみじみ

もうハムラはいないんだとおもって、

なんでだろうと、

ハムラは私に何か言っていたんじゃないかと

ぐるぐる悔やみはじめて

本気で返ってきてほしいと、

空の高みに祈ったりする。

さっき塗ったアイクリームも

完璧に流れ落ちて、

これじゃ意味ないやないかーい とおもいつつも

どうしようもない。



そんなんでしたが、

優しい人々が優しい言葉をくだすったりして

今はだいぶ 落ち着きました。



りんごを剥いたとき、

種はもうあげられないんだ、とか

窓辺に乾かしてあるかぼちゃの種も

もう食べないんだなとおもったりだとか、

そんな小さな淋しさを噛みながら

だけど。



たかがハムスター一匹が死んで

こんなに滅入っていては母さん務まらんよと

客観的にはわかる。

わかる、と 現実 は

違うことは多い。



「ハムラー」とべそをかいていると、

「ママ、ましゅがいるよ」

と、7歳になった娘はいう。

ほんとうにそうだね、ほんとうだ。

私がしっかりしないばっかりに、

この娘はどんどん

しっかりしていってしまう。

申し訳ない。

ほんとうに。



ハムラさんがせめて今、

楽しく空をとんでいますように。

未熟な私はもっと大きく、

守るべきものを守ってあげられる

深い人間になれますように。


tabi
23:16 |  trackback: -- | comment: -- | edit

みえないもの、さわれないもの 

家族のこと |

man


おさむうなってまいりました。

寒いのは拙者、苦手であります。

だいたいにして朝

起きられません。

布団からなかなかどうして 抜けられぬ。

毎日毎日、

今日ましゅ学校休みならばいいのに

と、おもう トドキモノ

母親不合格な女であります。



そしておやおや

もう10月も終わり。



10月といえばはじめ頃、

気づけばあちこちに

曼珠沙華が咲いとりました。

私はこの花がすきであります。

葉もなく すっと伸びた茎の先に

ぱっと咲く紅の色がほんのすこし

うすらこわい

というところも。






なんでかってゆうと私の祖父が

(今度は母方の祖父のことである。ややこしくてすんません)

亡くなるひと月ほど前、

私宛にくれた最後の手紙の中に

祖父が撮ったこの花の写真が入っていたから

だとおもう。



手紙には、

「最近そば打ちを習いました。

今度里ちゃんが遊びに来たときには

おいしい手打ちそばをごちそうしますよ」 と

ある。

この手紙を読むたび、

そんなつもりはないのに涙がでる。

何でも見事につくりあげてしまう祖父の

さぞおいしかったであろうそばを食べる前に、

祖父は逝ってしまった。

私が小6の秋だった。



山歩きが好きな彼は

山の中で木々の中、

空を仰ぎ見るように横になって

亡くなったそうだ。

祖父は幸せだったとおもう。



私たちはちぎれるくらい 哀しかったけど。

もう二度と会えないなんてさみしすぎたけど。

目を真っ赤にして泣く母のカオは、

今でも忘れられないけど。



それ以来ずっと

力もでないくらい困り果てたときや、

しゃがみこむくらい苦しいとき、

私は祖父にはなしかけてみる。

そうすると

さと がんばれーと、

頭をなでられているような気がしたり、

白い紙にすらすらと書かれるように

祖父の声が聞こえるような気がする。



実体なんてなくっても、

そんなふうにして 祖父はいるのだとおもう。

いてくれるのだとおもう。



波のように押し寄せる毎日の中、

見えるもの

さわれる現実に

押しつぶされそうになっても、

もうだめだって

時にはおもっても、

やけっぱちになっても、

それでも

行き着くところはやっぱり

見えないものや さわれないものを

信じていたいとおもう。

ばかみたいだよってもし 笑われても、

大丈夫 と

自分にいいきかせている。



自分がそれでいいんなら、

それがいちばんいいんだよって

おもっている。



いいんだよね?

おじいちゃん。
23:40 |  trackback: -- | comment: -- | edit