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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

ののはな 

こども |

nonohana


娘が最近、よく口ずさんでいるうたがある。

先日、学校で音楽集会があって
そのうたをうたうというので
みにいった。


野に咲く 花のように 風にふかれて
野に咲く 花のように ひとをさわやかにして
そんなふうにぼくたちも 生きてゆけたらすばらしい
ときにはつらい人生も トンネルくぐれば夏の海
そんなときこそ 野の花の
けなげなこころを 知るのです


昔、山下清画伯の人生を
ドラマ化した番組で流れていたうた。
「おにぎりがすきなんだな」
といって、
白いタンクトップ姿の男の子が真似していうのを
わらってきいたりした。
今でも口ずさめるこのうたに、
今になって泣かされるとは、あのころはつゆもおもわなかった
ね、わたしは。

娘と一緒になってうたっては、
声をつまらせたりする。

今朝、
めずらしく早起きした娘が熱心に何かかいているとおもったら
「ちょっと外にでてくるね」
と、おもむろに玄関へとゆく。
「どこへゆくの?」
とあわててきくと
「ちょっと、今日のお天気をみに」
などという。

すぐにかえってきた娘がしばらくして
「ねえママ、こんな朝早くから、何かさっき届いたみたいだよ」
なんていう。
もしかしてさきほどの、とポストをのぞくと
小さな手紙が入っていた。


ままへ
いっしょうけんめいれんしゅうしてね
ましゅといっしょにうたおをね
まってるよ
ましゅより


それから裏に、うたの歌詞
このひと、今日は「を」の使い方が間違ってらっしゃる。
このうた
2番はこうなっています。


のにさく はなのように あめにうたれて
のにさく はなのように ひとをなごやかにして
そんなふうに ぼくたちも いきてゆけたらすばらしい
ときにはつらいじんせいも はれのちくもりで またはれる
そんなときこそ ののはなの 
けなげなこころを しるのです


人生、なかなかおもうようにいかなかったり
どうにもならないことや
泣きたいことだってたくさんあるけど、
こんな瞬間にわたしは救われて
生きていけるのだとおもう。
16:14 |  trackback: -- | comment: -- | edit

キャラメルの日 

未分類 |

hitujigumo


気がつけば9月もまんなかで
今日なんて窓を全部しめて眠ったというのに
朝にはタオルケットと、うすいかけ布団までかけて
めがさめた。

先日また

「さとちゃんがさかだちしたひ」

は、やってきて
9月9日
祖父の写真の前にキャラメルを置いて
手を合わせた。
生きていれば、おんとし92歳だ、ということ。

以前書いた気がするけれど
祖父は生前森永のミルクキャラメルがすきだった。
これにはさぞ悲喜こもごもの思い出があってのことでもあろうとおもうけれど、
残念なことにわたしは
それをひとつもしらない。

さて
「今日は仙台のおじいちゃんのおたんじょうびだよ」
というと、
娘は学校からかえって小さな紙に何かかいて
写真の前に置いていた。

読みたかったけれど、
今日はおじいちゃんが読む日だから、と
わたしはがまんして
翌日、読ませていただいた。


ひおじいちゃんへ
たんじょう日おめてとう
これからも空からみまもっていてくたさい
ましゅ

それからキャラメルの絵がひとつ。


うちの娘は小学校3年になるのでこの
濁点をまるで打ち忘れているのはいかがなものか
とおもうけど
おもしろくて、わらってしまう。
そうしてなんだか、ないてしまった。

祖父は、空から見守ってくれていると
わたしもおもう。
16:20 |  trackback: -- | comment: -- | edit

宿題 

こども |

jugon


本日ひさしぶりの雨。
おとも、
においも、
あたりいちめんすいすいして
気持ちがいいです。

さて
わたしは夏休みのおわりのひ、
泣きながら宿題をするようなわらしっこでした。
差し迫るプレシャーに全身ぞわぞわしながらも
ぎりぎりまで遊び続ける……
そんな体質はいまだもって変わらないのかも。
こまったもんです


さてさて、
むすめの夏休みの宿題
自由作品。

今年はなににする?
とたずねると
「ビンに紙粘土と貝殻をくっつけて貯金箱をつくる」
などとさらりという。

それはあなた昨年やりましたよ、
貯金箱
というだけの違いじゃないですか

と、却下。

このひと、どうなることやら。。
とおもっていたら

「ポシェットをつくる」

と、いいだした。
「辺野古で拾った貝殻を縫い付けてね!」
と。
それならばと見守ったり、材料を供出したり
ミシンを教えたりしているうちに
完成したのがこちらのポッシェ。

貝殻を甲羅にみたてた海がめと
ジュゴンのアップリケつき


沖縄からかえった数日後、
寝ぼけまなこで起きてきた娘が
「へのこのうみをまもらなくちゃ・・」
と、いってましたよ
と母。

今回の旅中、
言葉として説明を受ける
というよりむしろ海をみて、海に入っていた。
泳いで、魚をのぞいて、貝をとってたべて、カヌーをこいだ。
ひとびとと話し、わらって、うたい、ごはんをたべた。

言葉ではないものから
彼女が受け取っていたこと

なんだかすこし
見えた気がして。
うれしかった。


わたしもね、ときどき
おもうんです。
離れてくらすよそものになにがいえるか
ってね。

でもそれはたぶんちがう。
なぜって
この、足が、確実に、ふみつけているのだ
無関係ではありえない

だからいう。
これ以上ふみつけたくない、
しょうがないなんていわない、
一緒に考えよう

しつこいぐらいに。
16:23 |  trackback: -- | comment: -- | edit