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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

10の春 

こども |

夏空


本日、終業式をおえてむすめ、
4月からは5年生となる。

担任の先生が退職されるというので
ひとり1枚ずつ、割り振られた月のカレンダーを綴って
贈ることに。

娘の担当は来年の7月。
彼女いわく、7月といえば星空
ということで夏の星座
デネブ、ベガ、アルタイル

先日、誕生日祝いにと友人からいただいたオイルパステルが大活躍。


こんなふうに、わしわしとむすめ
おおきくなってゆくも、
大変におもしろい。

出掛けた先で眠ってしまえば、
まだまだおぶって帰ることができる。
薄目をあけて、きゅっと抱きつくので
降ろさずに家まで帰る。

御年10歳。
花粉に悩まされつつも、沈丁花かぐわしい春
ひょいひょいとはしりまわる。
これからもどうぞ、よろしくどうぞ。

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伸びるなり 

畑と土 |

てんとむし


啓蟄をすぎて、
なるほど土のあちらこちらで
虫が動いているのをみる。

むすめとでかけようとして、
あ、
と叫んで指差すちいさな先をみれば
赤いつるつるにてんてん、
テントウムシがあるいていた。

春でございます。


先日、この詩を朗読するのをきいた。

・・・

「われは草なり」    高見順

われは草なり  伸びんとす
伸びられるとき 伸びんとす
伸びられぬ日は 伸びぬなり
伸びられる日は 伸びるなり

われは草なり 緑なり
全身すべて 緑なり
毎年かはらず 緑なり
緑の己に あきぬなり
われは草なり 緑なり
緑の深きを 願ふなり

ああ生きる日の 美しき
ああ生きる日の 楽しさよ

われは草なり 生きんとす
草の命を   生きんとす

・・・・

いつだったか、学校の教科書で習った記憶がある。
あんまりによい詩なので
あらためてノートに書きつけて、
なにかにつけ、
口に出してみている。



13:42 |  trackback: -- | comment: -- | edit

311 

未分類 |

3月11日

目をつむる
海に手を合わす

祖母に電話をする

空をみる。



福の島 山の蕨に ひかりさす
               未柑



念力をとばせども、時戻らず、
巻き戻しはならず、
なかったことにはならなかった。


せめて、生きるわれわれが
せめて、潔く
よりよいものとしてあれますように。



12:18 |  trackback: -- | comment: -- | edit

祖母の台所 

台所 |

りんごまな板

3月、
りんご形をしたまな板。

これは祖母の台所で長く使われていたものを
昨春、譲り受けた。


祖母は仙台に住んでいて、昨年の3月
長く暮らしていた家は壊れた。

私の父が幼少のころというから、
かれこれ60年近く。
3人の子どもらが巣立ち、祖父が亡くなってからも
祖母は変わらずこの家に住み続けた。

そこいら一面田んぼだらけで
長閑だった家の周りは、いつの間にだか賑やかに
隣にショッピングモールが立ち並ぶほどにまで、様変わりをしていたけれど
建設時には随分と家も揺れたし、かんかんごんごんやかましかったけれど、
それでも
祖母はその場所を守りたかったし、
いとおしく思っていたのだと、後に知る。



有難いことに、あの日祖母は外出中で無事だった。

全壊で、修復不可能とされた家は
家じゅうに歴史をつめこんだまま壊されて
更地となる。


せめて少しだけでもと、譲り受けてきたもののひとつがこの、
りんごちゃんのまな板なのである。

木のものは、洗ってすぐに拭かなけりゃあいけない。
そう母に口をすっぱくして言われても、
無精者の私はついつい、ついつい、が積み重なって
いつの間にか隅っこを黒くしてしまう。
あろうことか、このまな板だってしかり。
端っこの少々黒ずんでしまったそれをみて、はっとする。

私の記憶をたどるかぎり、
祖母の台所に昔々からあったこの小ぶりのまな板は
ここへ来るまでカビひとつなかった。

祖母はこれを、丁寧に使い続けてきたのである。
あのとき、持ち切れずに置いてきてしまった物物、なにもかもが
いっぺんにごみとなってしまった。
それらひとつひとつには、祖母の想い出がいかほどにつめこまれたものだったか。


大切なひとを亡くしたひと、
故郷へ帰れぬひと、
家を、大事なものを失くしたひと、
ひとひとひと。
ひとひとひとひと。


それぞれがそれぞれに
比べたりはできない。


以来、祖母は近くに住む息子夫婦の家に身を寄せている。
祖母の家のあったところは現在、
ぽっかりと更地になっている。

冬には雪がつもって、
今頃は草も生えているかもしれない。

かつて、我々孫たちが集まって書いたあほらしい絵をそこいらじゅうに張って
展覧会を催した壁も、
くるくる回った階段の手すりも、
正月に皆のお膳を並べた茶の間も、
神棚、だるま、こけし、庭木、
田んぼの畔を歩いて祖父と買いに行ったお菓子を食べたベランダも、
流行りものに目がない祖母の取り入れる健康グッズ、
ヨーグルトやヤクルトのたくさん入った冷蔵庫も、
何もかも今はなくて、
ただ、風が吹き抜けてゆく。

祖母はそこへ、あまり行きたがらないそうだ。
でも、きっと行きたい。

ぽんぽんちきの孫、わたしでさえ
胸のつぶれる思いがするというのに、
彼女はどんな思いで毎夜眠るのだろう、目を覚ますのだろう。


祖父の写真の前で手を合わせ、
おばあちゃんがさみしくないように守ってくださいというと、
祖父はかならず、
さとちゃんもさとちゃんのできることをしてあげてほしいよと
無言で、
静かに笑って、いう。


いっさいがっさい、すべて失った人も
それでも、生きてゆく。

そのほんのひと支えに、
生きているひとりひとり、わたし、
互いがなれたらばなとおもう。

そうして、生きていく。



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