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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

929 

うたう、 |

拝啓、

風がつよくて
空が青いため
洗濯物がよく乾く。


9月29日
the yetis ライブをします。
oii 氏のCDリリースイベントにお呼ばれしました。

明日です。


・・・・・・・・・・

2012.9.29 Saturday
@NISHIAZABU Super Deluxe

Oii 「sukima sunlight」Release Party
“hito-eni”

[Artist]
CONCERT (O.A.)
Oii
the yetis(guest 安藤誠英)
golf
Marter


[DJ]
koichi oikawa

[Decolation]
nakajah

open ・start : 17:00 ・18:00
adv ・door : ¥2000 ・¥2500(+1drink)

・・・・・・・・・・・

何故だか音源よりも先に
出来立て自信作、
the yetis のTシャーツのお披露目、販売もあります。


六本木駅から歩いて5分ばかり
いらしてもらえたら、光栄です。


敬具






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ゆやけ 

未分類 |

yuyake

夕焼け、
窓の外に広げてそれが
すこぶる美しいと、
あわてて外へでる。

海へむかっていちもくさんに駆ける。
娘をさそうと
うなずいて彼女もとびだし、
ふたりで駆ける。

そうして砂浜で
茜色の雲や色のさまざまをみる。
みて、ほうける。
こういうとき、
世界はなんて綺麗なんだろう
なんて、
この地球へ生まれしことの幸いに
感謝したりする。


ここのところ
夕焼けがとても美しい


今日は娘が友達と遊びにとんでいっていたので
ひとりで浜へでた。
富士山と、雲と、色の名残り。

こういうとき、たとえば娘や
だれかに見せたい、一緒にみたいよなぁなどと
いとも簡単におもうけれども
いやしかし、
たったひとりで眺め、立ち尽くすのもいい。

わたしと、
空と、
吹く風と、
顔にかかる少々の砂、
一面の海。
風の音だけがして、
世界と向き合う自分がいる。


秋の夕暮れはつるべ落とし、とは母の口癖なのだけれど
あっという間に日は落ちて、辺りはいっぺんに薄ら暗い。
そんな中、かりかりと自転車をこぐと、向こうから、
娘の私を呼びかけるはねた声のする。

さっきの夕焼けみたかい?
うん。
そんなことを言い合って、うちへ帰る。


オスプレイが飛び回って、
原発容認の党首ばかりで、
理解不能
腹が立ってしょうがないけど、
失望だけはしないでいよう
明るみを想像しつづけよう

イメージは、世界を創りさえするのだ

そうおもうような
見事な夕焼けだった。







22:31 |  trackback: -- | comment: -- | edit

天井の川 

未分類 |

tenjo


今すんでいる家の天井がすきだ。

たたみに寝転がりながら
たびたび、しみじみとおもう。

我が賃貸の家は築50年以上はありそうな
ぼろ家で、
年に一度、柱から飛び出した羽蟻の大乱舞が
風呂場で繰り広げられる。
隙間だらけで大風の日は
家の中を堂々と風が吹き抜ける。
あらゆる隙間から、あらゆる虫が入って
いらっしゃる。

冬のころは極寒。
今、来る冬をおもうだけで
身震いがする。

しかしながらどうして、
実になかなかこの家を好いています。

とくに天井がいい。
各部屋ごとに微妙に異なる様子をしている。

天井中央がやや高くなっていて、
なだらかな三角山形をした2階の寝室。
その真ん中と両端にはどーんと竹がはめられている。
木板の木目が香ばしい色をして並ぶ隣室や階下。
その幅、材質、色や配置が違っているから、
いちいちその景色が違う。

近ごろのアパートやらでは
小さくもこもこした白い壁紙が壁天井一面に貼られていることも
多いから、
昔の人の作る家への計らいには
頭の下がる思いがする。
実にユニークで、豊かである。


小さなころ、
平屋の、画一的な
何の面白味もない社宅に住んでいて、
つくづく当時、その家がいやでしょうがなかったけれど、
眠るときの天井は木目だったのを憶えている。
眠るタイミングがわからず、
くうくう寝息をたてる妹の隣で
天井を見上げていた。

あのころ、暗闇の中の木目には
実にいろいろのものが流れた。

真黒闇に浮かぶ天井は天の川のようにちらちらと光りながら、
ぬいぐるみの熊、汽車、魚にキューピーのお人形、カレーにキャンデー、類々、、を
ゆっくり運び、通り過ぎる。
時々、怖いものも流れてきた。
そういうときにはきつく目を閉じる。

黙って、天井の川を眺めるうちに
いつのまにか眠っている。
そういう夜を、いくつもいくつも通り過ぎた。


ふと、大人になったとき
そのことを思い出した。
どれどれ、と
暗闇の中によくよく目をこらしたけれど
もう何も流れてぁこなかった。
そのときああ、私は大人になってしまったんだなと
おもったのである。


娘のみる天井にも今、なにか、流れているんだろうか。
今度こっそり、尋ねてみようかしら。

15:29 |  trackback: -- | comment: -- | edit

北へ、 

散策と旅 |

湿原


9月に入り、
窓を開けたまま眠ると
朝、鼻水がでる、のどもいたい。
秋なのである。

ときおり、バケツといわず空をひっくりかえしたような
雨が降る。
バラバラ、ざざーざー、どーどどー、
雨の音の中では
水に包まれているようで
(少々荒々しくはあるけれど)
ようく眠れる。


ふりかえって夏休み、
北海道へ行きました。

北の大地は青々と、どこまでも広くて
空港から外へとびだした瞬間、
すきとおった空気の匂いがする。

車ではしると、牛の匂い、森の匂い、
夕暮れにはシカの群れ、クマ注意の立て看板、
娘は木の根っこにエゾネズミもみたという。

真っ白な霧に包まれると、
「はーりーねーずーみーくーーーん!」
と、叫ばずにはおれない。
(ぴんと来ない方、絵本「きりのなかのはりねずみ」をご参照)

味噌ラーメン、ジンギスカン、
と呪文のように唱えていた食物たちは
広い北の大地のなか、それらはほんの限られた地域で盛んなのに過ぎないということも
知る。

釧路湿原、
娘の名によく似た響きの摩周湖、
(これはむろん娘の強いリクエスト)
マリモの生息する阿寒湖、をまわる。

今回特筆したいのは
阿寒湖、アイヌコタンで観たアイヌの古式舞踊。
女性たちの声と手拍子、
踊りの見事に胸が高鳴る。

髪の長い女性たちが頭をふって、
髪を上手に宙に踊らせる
フッタレチュイ(黒髪の踊り)を観たときは
なぜ私の髪は長くないんだろうとおもった。

娘の髪は長いので、
すぐに真似することができる。
いいなあー


神からの頂き物として
天や大地、すべての生き物たちに祈りをささげ
捕ったものを余さず使い、
つつましく生きたアイヌの文化は
ネイティブアメリカンたちのグレートスピリットにも通じ、
また日本の古く古くの神話、
やおよろずの神にも似ている。

かつて、根源的なところで
大切なものをにぎりしめていた人類たちは、
いつだかその精神を置き去りにして暴走してしまった。

その境目が
堰を切ったような変化だったのか
じわじわとしたものだったか
わたしは知らぬけれども、
原発、核兵器、遺伝子組み換え…
人間が自然を操れるなんていう思い違いは
ここで、
もうおひらきにしてはどうかとおもう。

かつての人々、その精神から学ぶことは多い。

強いもの、
力や富あるもの、
による支配ではなく
やわらかなもの、つつましい生命たちの自由な世界を
わたしは切望する。



それから、
わたしは髪をのばそうとおもう。








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風船 

四季 |

2012.9 002


庭先の草だらけのただ中に
可愛らしい子をみつけたのでぷち、
いただいて
小瓶に挿した。

毎朝挨拶をして、水を換える。

白い、小さな花が咲いて
くしゃっとした緑の実らしきをつけて
すこうしずつふくれてゆくのをみて
もしかしてもしかして
とおもっていたけれど、ごらんのとおり、
風船蔓であった。

ぷっくりとふくれたそれをみて、
草の中の見事をおもう。

いつのまにか細く伸びた根が
水の中でゆらゆらしている。

この間どれくらいだろう、10日、
2週間ばかりか。

むすめに、
この実の前に花が咲いていたのをみたかい?
と尋ねると
うん、いちごみたいなやつでしょう。
と、うなずく。

たしかに、いちごの花をうんと小さくしたのに
似ているともいえなくない。
しごく小さな白い花弁の中央に、黄色。

ごらん、と指差さなくても
この人はちゃんとみてほしいものをみていてくれたのだと
うれしくなる。


洗面台の窓辺で本日も
わずかに変化しながら
小さく、ゆれている。


9月。
夏休みもおしまいまいで、
新しい日々がはじまる。



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