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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

story of Feb. 

うたう、 |

DSCF3203.jpg


拝啓
これまでも時々、
ライブやイベントでぽつぽつと
詩や物語を朗読する機会を
つくってきたけれど
ふと
それを
ひとりで定期的にやってみよう
と、思い至りました。

絵本や物語を
ときには気に入った詩を、
声に出してよむ。

というのを毎日
娘がおなかにいるころから
娘が隣にいるようになってからも
眠る前の枕元で一緒にねそべって
ずいぶんと長いこと
させてもらった。

娘はいつのまにか
本の虫級に本が好きになって、
ひとりで
山ほどの本を読む。

だからあまり枕元でのひとときに
私はお呼びじゃなくなったけど
でもときどき、
たとえば娘の誕生日の日のおわりなどに
贈り物にいただいたばかりの本を
その枕元で
読んでみたりする。

こういう時間は
いいよなあ、というのが
そもそもだけれど
こういう静かなひとときを
おとなとこどもが入り混じって、わになって、
過ごしてみたいなとおもうのです。

うたや、おとも、混ぜ込みながら
いつもよりすこし耳をすまして
物語やおと、ことば、うたの
目には見えないけれど
そこに在るもの、うまれくるもの、
その気配たちを
みなで共有できる会になればうれしいです。

これからひとつきに一度くらいのペースで
ちいさくはじめてみようとおもいます。

さいしょの物語は
「ないたあかおに」

子どものころから好きだったお話で
よく泣きながら母の読んでくれるのを聞いたものだけど、
おとなになってふと、
入ったカフェの本棚から選んで読んだ
「りゅうのめのなみだ」
に、おとなだというのにぼろぼろ泣いてしまって
その作者、
はまだひろすけさんはなんと
「ないたあかおに」を
書いた方だったと知る。

それ以来、
すっかり敬愛している方です。

そんなわけで
お知らせが間際になってしまいましたが
こちらです。

・・・・・・・・・・・・・

ちいさな朗読とうたの会
ものがたりをすこしばかり

vol.01  「ないたあかおに」

2月25日(水曜日)
14:00~

場所 : umi studio 1F (葉山町堀内1254-2)

\1,200 (ちいさなおやつとお茶つき)

朗読とうた : 里美 (the yetis )

お問い合わせとご予約 : satomikan_y@yahoo.co.jp

・・・・・・・・・・・・・・

辺りは梅の花が満開。
ゆく道のあちこちで
濃密に、梅の香りがします。

お待ちしております。

敬具


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誰もわるくない 

未分類 |

2014,10 satomi 006

ふと、むすめがいう。

だれもわるくないんだ

という。
一度口に出してみて、
考えるように
それをかみ締めるようにして
もう一度いう。

だれもわるくないんだね

と。

一体、彼女のなかで具体的にどんな出来事があって
それを、
しみじみと言わせたらしめているのかは
わかりきらないけれど、
なんだかほっとしているようでも
その結論に
しずかに
感銘をうけているようにもとれた。

続いていう
だってさ、みんな
誰が悪い、誰のせいで、とか決めたがるでしょう。
でも、ほんとうは
だれもわるくない。
んじゃないかな。
だよね。

という。
ある夕飯どきはふと、

いまは誰もかれもみんな、興奮しているようにみえる

という。

しずまれーーーーーっ
って、おもうよね。

と。

この子は、なにをみて、なにを感じて、
そういうのだろう。

まるで、世の中全体を覆う空気
それを感じているかのようだ。
彼女は新聞を読まないし、
うちにはテレビもない

世界と社会
学校と教室
このくに
ぜんたいで
同じような気配に包まれているのかもしれない。

でも、
だから、
しずまれーーーー
なんだろうな。

と、おもう。
しずかに、
じぶんのなかと
その
ちいさきこえに
みみをすます。

しあわせは
そういうところに
ある
と、わたしはおもう。


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0214→15 

うたう、 |

DSCF3164.jpg

拝啓
庭に、ふきのとうが出始めた。

あちこちに蕗が生えているのをみて
これは、きっと、春にはくるぞ、
と期待はしていたのだけれど
だからスーパーで売られている姿をみて
そろそろか、そろそろなのか!
と待ちかまえてはいたのだけれど
実際に我が家の庭のあちこちに散らばって
ちょこんちょこんと顔を出したのをみつけると
ありがたくって
可愛らしくって
話しかけるだけにして
初日は摘むのをやめた。

そうして翌日、
夕方の夕飯時に庭へ出て
ふきのとうをいくつか摘んで、洗って、天麩羅にして
いただいた。

ちょっと苦味が強めだったけれど
春の香りの春の味。
娘はもともとさつまいもとかを好んで
ふきのとうはこれまで自分から手を出さなかったけれど、
どしたの!ふきのとう!
え!庭で摘んだの!?
と、それが気に入ったのか
その晩は三つ食べた。

昨日はまた
にょきにょきと生えてきたそれを
3つ摘んで、
刻んで、味噌と練って、
シンプルなふきのとう味噌をつくった。
やっぱりちょっぴり苦いけれど
香りがいい。

今朝食卓に出してみると、
娘は自ら箸をのばしてその味噌をごはんにのせて
食べていた。

こんなにこんなに寒いのに、
徐々に春へ動いているのである。

この頃は
暴力を暴力で
力にはもっと強い力で
戦おうとする。
それが正しいことのように。

償わせる、とか
許さない、とか

そういうことばは
ほんとうに、
ことを解きほぐしてゆくのだろうか。

一握りのひとの勇ましい言葉が
どうか
それを望まぬ静かな祈りを
飛び越えてゆくことのないように。

あたらしい方法で
この連鎖を放棄する
勇気を。


さて
辺野古のドキュメンタリー映画
「圧殺の海」
その後、県知事選や新しい出来事を加え再編集された
完全版がいよいよ、東京の劇場
「ポレポレ東中野」で公開になります。

公開初日14日、15日は我々the yetis も上映後にすこしばかり
唄わせていただきます。

そしてその後も20日まで連日、豪華なトークゲストを
お招きしているようす。
詳細はこちら → 

どうぞこの機会に足を運んでいただけたらなと
思います。

辺野古はまた、
現在とても緊迫した状況のようすで
とりかえしのつかなくなる前に
と、祈る
祈っている。


敬具



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