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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

0704 

うたう、 |

DSCF3523.jpg

拝啓

図書館の駐輪場に
燕の巣があって、
親燕がいそいそと餌を運んでいたのだけれど
先日ふとみれば
巣はからっぽ。

周りには幾羽もの燕がいて
飛んだり、ひるがえったり、
気持ちよく鳴いたりしている。

よくよくみれば、
なんだか初々しいようすで
だからきっとこの子たちは
この春孵ったばかりの子燕たちなのだなあと
感慨深く見上げる。

巣立ちの季節である。
親燕の愛があるから、
子燕は
大きく育って
そうして
巣立ってゆけるのだ。

さて
どうもこのごろおかしなことを
おおっぴらに言って憚らない方々が多いようで、
とかく
立派な肩書をお持ちの方が
ちょっと驚くような発言をなさる。

「沖縄の新聞二社はつぶさないといけない」
とか
「マスコミをこらしめるには広告料収入がなくなることが一番だ」
とかとか

一寸くらっと
眩暈さえするのだけれど
でも、
こういうひとは本気できっと
こういうことをいっていらっしゃるのだから
こういう人もいる、という現実をまず
おののく己に言い聞かせてみる。
では、
どうしたらこういう方の心に響くのだろう。

ひとつ、
どうかこっそりでもよいから
一度しっかり
平和学習をお受けになってみてはどうか。

こういう方たちのおっしゃる言葉を聞いていると
ひだり=へいわをのぞむこと(人)
のように聞こえる。
それの何がいけないっての?

まてまて、
怒りをもっても仕方がない。
どうすればいいのか、
と考える。

何もこわがらなくていい
だいじょうぶ
せかいはあいでできているんだから
だいじょうぶ
なにも
こわがらなくっていいんだ

そういう想いを
とばす。
めにはみえないけれど
想いを
とばす。

それはきっと
祈り

みぎもひだりも
うえもしたも
まんまる
まるにつながって
とどのつまりは
まる
なのだ


個々人がほんとうの幸せを
みつめたなら、
ただそれだけで
調和する
のじゃないかしら。
いがみあわずに
対立して何かを奪い合わずに
ただ
ここにある
この幸福に気づけたなら。

幸福であることに
ほんとうは
そんなに多くのものはいらない
ように
わたしはおもう。


さてさて、
前置きがうんと長くなりましたが
7月4日ライブをいたします。

場所は葉山・umi studuo
この日は海びらきだそうで
心置きなく、泳げます。

惚れ惚れする
「ラクダ盤」さんと
the yetis
2本立てです。

「イシごはん」さん、
しみじみ
ほんとうにおいしいです。

素晴らしい夜となるように

・・・・・・・・・・・・・・

2015 / 07 / 04 (sat)

the opening of a beach and a summer is
なつがひらいてうみがいる


at  umi studio 1F 

open 18:00 / start 19:00

charge \2,000 (+1order)

LIVE : ラクダ盤
    the yetis

DJ : anmo

FOOD : イシごはん

古本 : 古書 田川庄助

・・・・・・・・・・・・・

この頃
気に入っている唄の1節

うたえ うたえ うたえ
人間のやさしさを うたえ うたえ
明日にむかって 力づよく
ひろく たかく おおきく 
              ー「ケサラ」-
                 

わたしたちは
夏へ

お待ちしております。

敬具
21:45 |  trackback: -- | comment: -- | edit

ぬちどぅたから 

おきなわ |

DSCF3340.jpg


洗濯は
裸足になって
する。

たらいに入って
足踏みをするのが
なんだか
ダンスをしているようで
ひとり、愉しい。

それに
手でぎゅ、ぎゅとやるより
ずっと楽ちん。

昔、「ホテルハイビスカス」
という映画のなかで
そういうたらいの洗濯場面があった。

「ホテルハイビスカス」は
実は
辺野古が舞台になっている
娘もわたしもとてもすきな映画。
底抜けにわらえて、あたたかい。

昨晩、
学校のプールで使った水着とタオルを
風呂場でたらいで裸足で洗う、娘の姿をみて、
あー
もう、それをやっていい季節なんだった!

気づかされる。

ので、今朝からわたしも裸足で洗濯をする。
夏が、至ったのだ。

6月23日
沖縄・慰霊の日。

この日の前後、
新聞には沖縄戦の体験記事が多い。
図書館から
沖縄戦にまつわる本を
借りられるだけ借りて読みながら、
この日を迎えた。

知れば、しるほど
あまりに惨たらしい
おそろしい事実、に
呆然とする。

24万人をこえる人
島の、4人に1人が亡くなった。
それが、
いったい
どういうことなのか
それが
いったい
どんな景色であったのか

あのとき
死体をふんで歩いた足が
70年経った今になって
熱くてたまらないと
訴えるひとがいるという。

あのとき
のんだ
血の混じった泥水の味が
あのとき
ふきとんだ
大事なひとの身体が
あのとき
迫りきた
狂気にみちた人の目が
あのとき
あのとき
みたもの
かいだ匂い
ふれたもの
きいたおと
おいてきたもの
それをずっとずっと
忘れるにわすれられずに
抱きつづけて生きることが
いったい
どんなことなのか

私たちは到底はかり知れない。
けれど
それを
想像することはできる。
それを
知ろうとすることはできる。

子どものころ、
わたしは
戦争の本の背表紙をみるのも
こわかった。
その本をさわるのさえ
ものすごくこわかった。

今も、
よる
眠ろうとすると
ふと
目が覚めると
本で読んだ惨い情景が
浮かんで頭を離れない。

いいも
わるいもない
戦争は
ひとを
狂わせる。

それは、美しくない。

それは
ただ惨めで
ただ愚かで
ただはずかしくて
かなしい
おそろしい
そういう狂気でしかない。

それが、
戦争なのだと
戦争を経験したひとたちは
いう。

だから
二度と
くりかえさないのだと

その声を
わたしたちが
消しはしない。

けっして
くりかえしは
しない。

わたしたちは
知る

だから
今をえらぶことができる。

だから
今をひかりとすることが
できる。

できるんだ


そういう想いを
今子どもがいるひとも
これからのひとも
なんだか目に涙をためながら
共有する
ほんとうに心にのこる
時間となりました。

story of Jun. へ
来て下すったおひとりおひとり
ほんとうに
ありがとうございました。


今をいきる
わたしに
できること

わたしの
奥底がのぞむことを
まっすぐに

おこなう
だけなのだ。

ひかりあれ
ひかりとなれ
過去をだいて
いま
ひかりとなれ



17:10 |  trackback: -- | comment: -- | edit

story of Jun. 

うたう、 |

DSCF3512.jpg

拝啓
娘が久しぶりに
熱を出す。

そういえば彼女は毎年
夏至のころに、熱を出すような気が
しないでもない。

とはいえ
今回のはおそらく、
蛍の夜に身体を冷やしすぎたのだろうけれど。

ぼうっと上気した顔で、
ごろんと横になって
手招きをする。
本を読んでくれ、
ということらしい。

先日、syoku yaboでお借りしてきた
ミヒャエル・エンデの
機関車と冒険する話を枕元で読む。
読んでいるうちに、
わたしは意識が朦朧としてよだれが垂れかかる
ふとみれば、
娘はしっかり目をみひらいて興奮状態で起きていて
ちっとも眠くなさそうな気配である。
つまり夢中で聞いている。
だからもうすこし、と
読み進めるも、
今読むエンデの物語と自身の夢が錯綜し始めて
ふと、
なんの脈絡もない意味不明の台詞を発して
娘に呼び止められる。

それらを繰り返しながらなんとか一章分を読んで、
私も昼寝をする。

午後には海で拾ってきた流木や木材で
ウッドデッキをつくる、
はずが、
妙ちきりんな縁台
らしきものができた。

いちおう、歩けることを確認して
ビーチサンダルをおいてみる。

夕刻、
いよいよ眠気はなくなって
かといって外へもゆけず、だるい身体で暇をもてあました娘が
また手招き、
波をやってちょだい
と、いう。

波 は、
寝っ転がった娘の上に
シーツとか、薄い大きな布をふわっと持ち上げては
空気をたっぷり包みながらそれがふわふわと地上
寝っ転がる自分全身にもどってくる、
というのを繰り返す遊びで
娘の小さいころから、布団をあげるときなどに
せがまれてやった。

薄地のタオルケットをふわっ、ふわっと
くりかえす。
夕方のひかりのなか
薄い水色の波は、なんだかほんとうに波のようで
きれいだった。

さて、冒頭より
ご推測のとおり
先日いよいよ大家さんに、おもいきってお訊ねして、
お庭の梅を頂きました。
!!

梅シロップと、
梅ジャムをこしらえます。
ありがたや
ありがたや、大家さん。

さてさて、
前置きが長くなりましたが
「ちいさな物語とうたの会」
6月のお知らせです。

・・・・・・・・・・・・・

ちいさな物語とうたの会
story of Jun.


6月23日(火)
15:00~ 小一時間くらい

「おきなわ島のこえ」

場所 : umi studio 1F →  
240-0112
神奈川県三浦郡葉山町堀内1254-2

*自由料金

・・・・・・・・・・・・・・

6月23日は
沖縄、慰霊の日。

この日の物語は
丸木 俊 ・丸木位里 さんの
「おきなわ島のこえ」
をえらびました。

戦争の話は、子どもにはつよい衝撃がのこります。
私も小さなころ、母が読んでくれる戦争の絵本がこわかった。
でも、
あの恐怖は、ほんとうのことであるようにこのごろはおもいます。
絶対的に戦争というものを拒否する源を、
わたしに、残してくれたのではないかと
おもうのです。

小さなお子さんはお母さんの膝で
きゅっと抱っこしてもらいながら、
共有してもらえたらなとおもいます。

とはいえ、年齢やその子その子に必要な時期というのが
あるはず。
それぞれのご判断にお任せします。
お子さんが耐えられない場合は、
別室でひと休み、も可能です。
もちろん
大人だけのご参加も歓迎です。

敬愛する沖縄、のうたも
いくつか唄います。

・・・・・・・・・・・・

さてさてさて2月より、
月に一度 umi studio をお借りしておこなってきました
「ちいさな物語とうたの会」

6月の開催をもって
ここでいったん一区切り、
といたします。

7月以降は場所、形態をあらため
また
すこし違ったかたちでご案内できるよう
あたためたいと思います。

もし、
以前より気になってくださっていた方は
是非一度6月に、足を運んでいただけると幸いです。

この日は少々、古絵本の販売もいたします。

安保法案?
是非、廃案に。

初夏の午後、
心より
お待ちしております。

沖縄へ想いをよせる
祈りの日となるように

かしこ


14:56 |  trackback: -- | comment: -- | edit

とぅどぅみ 

映画 |

DSCF3321.jpg


なるたけ
東京へはゆかないようにしているので
この日は一日に
なるたけ目的をぎゅっと
いっぺんにつめこんだ。


一本の映画をみて
同時に
夕方の映画上映の整理券をもらう。
この日は監督舞台挨拶があるため
朝からその整理券を求める人の長蛇の列。

5月24日
国会のまわりをぐるり
手をつないで立つ。

辺野古に
想いを馳せながら
ともに
感じよう
考えよう

祈る。

この日
呼んでいただいたステージで

を唄わせてもらった。

その輪のなかに、
敬愛する
地域の仲間たち
父母の姿もある。

辺野古で出会った
女性たち、
若者たちの姿もある。

そののち駆け足で
「ポレポレ東中野」
へゆく。

いよいよ先行上映となったばかりの
三上千恵 監督の最新作
「戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)」を
観た。

三上監督は、
「標的の村」を撮った人。
昨夏、辺野古へ行ったときに初めてお会いした。
カメラを回しながら、
相手の話を聞きながら、
大きな瞳に涙をいっぱいためている姿が
強烈に印象に残っている。

まっすぐで、
勇敢で
聡明、
ものごとやひとびとを
丁寧に深々とみつめ、掬い上げる
ひとつひとつに心を動かし、
それを大事に作品に込める。

それは三上さんの佇まいや話す姿勢、
文章、
映画の中に
丁寧にあらわれている。

一方方向だけでない
ぐるりをみつめる丁寧さとやわらかさ。
だからこそ、
強烈に胸につきささる。


わたしは、
まだまだ本気がだせる
だせるんだ

そう
空を見上げてかみしめる
胸に、ひとすじの誇りと、勇気のひかりもって
立つ。

そういう
すばらしい映画でした。
今、
心の底から全面的におすすめしたい作品。

どうぞ、
ぜひ
ご覧になってください。

・・・・・・・

「戦場ぬ止み (いくさばぬとぅどぅみ)」
監督 三上千恵
音楽 小室 等
ナレーション Cocco
www.ikusaba.com

・・・・・・・

うちなーぬうむい
しけにかたら

祈りは
想いは
きっと届く

届いていく
届いている





17:14 |  trackback: -- | comment: -- | edit

0613 

うたう、 |

DSCF3489.jpg

拝啓
梅雨入りということで
雨、雨、の合間のおひさまに
洗濯物を干す。

庭には露草とドクダミの白い花が咲いて
それは雨の中ではひときわに
ひかる。

梅雨、は「梅」の文字が入るが
どうりで
今あちこちの梅の木には
青梅がぷりぷりに実る。

大家さんのお宅の梅の木に
梅の実がなりっぱなしで
どうやらそれをもいで使われることもないようだな、

少しずつ黄色くなってきたその梅を見ながら
いつ大家さんにそのことを訊こうかしら

毎日そわそわしながらその機会をうかがっている。

晴れてあの梅をいただけたなら
今年は梅シロップをつくろう、
つくりたいのです。

さて
梅雨ということは
いよいよ蛍の季節、というわけです。

毎年ひそかに愉しみにしている
shoku yabo 農園での
「ほたるのよるに」
無事に開催の運びとなりました。

唄と朗読、蛍をめでる
ささやかな会。
ありがたいことに
今年で三度目となります。

ちょっぴり足をのばして
どうぞ
このときだけの景色をごらんになりに
いらっしゃい
ませ

入場自由、投げ銭式ライブなので
お気軽にどうぞ。

・・・・・・・・・・

~ちいさな声と かすかな光と
おおきな おおきな おおきな ~
- Peacenic presents -

ホタルのよるに。 2015

6/13 (sat)

in  SYOKU YABO農園

18:00 start - 21:00

LIVE : the yetis a small grace

Poetry : 史織、toto

Food : 堰谷戸酒場


・FBイベントページ
https://www.facebook.com/events/1445420172442080/5420172442080/


【ACCESS】
SYOKU YABO 農園
横須賀市芦名2-1700 大楠山登山口入り口
http://syoku-yabo.com/

※駐車場あります

・・・・・・・・・・・・・・・・

ロウソクだけの灯りのなか

ぽ、とホタルが飛び交う。
幻想的な景色のなかで唄います。

心にのこる夜となりましょう。
どうぞ
お待ちしております。

敬具

12:22 |  trackback: -- | comment: -- | edit

なにも、かも 

未分類 |

DSCF3328.jpg

なにをしんじるのか
は、
わたしのなかにある。

なにをしんじるのか

わたしのなかに

ひかりも
やみも
内包するこの
せかいでは

うつくしいものも
そうおもわないものも
ぼんやりとした輪郭をもち
その境界線は
はっきりとなに
示すこともできないし
示す必要もきっとない

空に手を
さしのべる
そらにてを
のばす

海のリズムに
みをささげる
うみのこきゅうを
わたしのなかにも

とりの旋回
とりのこえ
はしる蜥蜴の
すべらか
じっとするヤモリの
しずかな目
どくだみの白十字
ささやかな風の
世界を撫でてゆく

わたしは
わたしの
選択を
する

ただ
それだけのこと
なによりも尊い
それだけの
こと

ほんとうとおもう
こと
だけを
すって
はいて
いきをする


ただ
それだけのこと
なによりも尊い
それだけのこと


08:42 |  trackback: -- | comment: -- | edit