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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

1112 

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cafe ikanika
はなてる展
筆と還る 海と詩の夕べ

この夜のことを、すこし
振り返る。

あの場をなしてくださったおひとり、おひとり、
ほんとうに、感謝をいたします。

やわらかく、あたたかく
迎えてくださった康二さん、
お手伝いをしてくれた方々、
お越しくださったおひとりおひとり、
はなてるさんの、絵筆をにぎり生きる者の、生のこえ、お話に
ヤマキさんの、海との、おおらかで自由でまっすぐなお話にも、
ひとつひとつと、
一瞬一瞬に、
ふるえて、うれしくて、あふれて
泣きました。

この場にいられること
奇跡みたいなことの
ありがたさに。

そのぐるりを囲む、
のびやかな、とうめいな、
はなてるさんの書画。

わたしはふるえながらも
ほとんど誰もいないかのように
うたって、
そこに居て、
からっぽになりました。

だからなにがどうなったのか、
わたしにはほんとのところわからないのだけれど
その後、聴いてくださった方々の
まっすぐに
伝えてくださる言葉、まなざしに、
ありがたくて
ほっとしました。
力がぬけてふにゃふにゃになりました。

なにがおきるかわからない
この異星人みたいなわたしに
この場を与えてくださった、のりちゃんに
あらためて、ほんとうに、かんしゃを、いたします。


この日、
はなてるさんがわたしに
里美ちゃんのことばを朗読してほしいねん
と、奇特にもうれしいことをいってくださって
だから
この日のためにとおもって
書いたものを、
幾分、いや大分長いけど
ここにも、記しておきます。

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海のわたしに云ったこと


海へいって、海に入る
朝おきて、ひかりがつよくて、あたたかいと、
自転車にのって、海へいく。
海に、おはようをいって、はだしになって、
砂の上をあるいて、水に足をひたして、挨拶をする。

すきとおって、すべらかだったり、
波がおおらかによせて、うごいていたり、
ときに赤潮がよせていたりする。

入っていいですか、ときいて
海は、どうぞ、と云う。

服をぬいで、水に入っていく
全身が海に、水に、すっぽりとのみこまれ
つつまれていく
海と空の境界線にむかって
およいでいく。

すべらかな、平らかな、水の面がいちめんに、ひかり、
ゆらぎ、うごき、どこまでもひろがっている
どこまでもどこまでも
ひろがっている

浜辺から小さな点か、ひとか、ブイか、カモメか、
ちょっと目にはわからないくらい離れたころ
ぽっかり海のうえにひろがって、
浮かぶ

水のおとがして、
空がひろがって、
山がよこたわっていて、
ひこうきや、とりが、とんでゆく
鳶がなきながら旋回する

この大きな水は、
どこまでもひろがってつながって、
めぐり、めぐっている

そのただなかに、ひとり、
からだひとつでうかんでいる

その
心もとなさと、一体感と
こころぼそさと、安心感と
一抹のおそろしさと
このうえなき幸福感


うみのこえがきこえる
わたしたちはなにもちがわない、
わたしたちはひとつだ、と


海に潜る
はだかの眼では、視界はすこしぼんやりとして
青が、青に、つつまれる
青のなかをゆく
青のなかをただよう
ぼんやりとしたやわらかい水のなかで、
息はできないけれど
それはとても穏やかで、ほどけてゆくような
ほっとする青

マスクをつけるとクリアにみえる
魚もみえる
ひかりの線も、水面からの空も、
はっきりとみえる
それはとてもうつくしいけれど、
足ひれをつければ深く潜れるし
ウエットスーツを着ればさむくない
けれど
あのときの
はだかの眼とはだか同然の身体でまじる
安心感
とけて、ひとつになるかんじ
境界線の
ほどけてゆく

海は云う
きみを、
自分を、
人間を、
そんなに責めるでない
わけるでない

きみも
にんげんも
わたしたちとなにもかわりない
ちがわない
わたしたちはひとつ
わたしたちはひとつ
おなじもの
いっしょ
いつでもいっしょなんだ、と

2011年3月から
ぐるりぐるりめぐった春
陸から
うみを毎日眺めていてきこえたのは
(これからも ともに)
ということだった

この夏
うみのなかにまみえてきこえたのは
(わたしたちはひとつ、わたしたちはおなじものだ)
ということ

それはうれしくて
幸福で
なみだがとまらない
ありがとうばかりがある
ほんとうのことだった

わたしはうみを
このせかいを
あいしている
ありがとう

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2016,11,12
songs snd words / at cafe ikanika

a beuty of smallness (junichi ogawa)
紅い花
てぃんさぐぬ花
my favorite things
--- 星をつぐもの
星めぐりのうた
うみのうたいきもののうた (これは即興)
--- 海のわたしに云ったこと

山賊のうた

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この夜のことは
きっと、わすれない。

ありがとうございました。


19:53 |  trackback: -- | comment: -- | edit

雨と雪 

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夕暮れてのち
雨の日に
傘をさしてあるく
家からバス停へとむかう
斜めの道をななめに下りながらふと
山をみれば
山は黒々とよこたわって
おおきな獣のようにみえる

もしかするとふと
うごきだすかもしれない

これが一匹の
おおきな生き物でない
だなんて一体
だれにそんなことがいえるだろう

そんなことを考えながら
あるいている
あるいていく


昨日は雪
それも微かでない大雪で
ぼかぼかとふってくる白い羽のようなそれをみて
すこしわらって、
それからまじまじと
それからぼうっと立ち尽くして
そこいら一面立体にまっしろになっている
景色をみた

いつものバス停が
どこか知らない世界のことのようで
町をすすんでゆくバスがまるで
雪国でもはしっているようで
またすこし
わらう

雪をぼさぼさくっつけてはしる車にも
横断歩道にも
電車にも
ホームにも
あとからあとから天からゆきの粒
はなから信じていなかったのにほんとうになったけど嘘みたいで
わらって
それから神妙なきもちになる

おおきな銀杏の
まっすぐの、黄金色の、
ふりつもるその落ち葉と白い雪が
色とりどりのほかのものとまぎれて目に
とびこんでくる

叫ぶような
うつくしさ


帰り道にはもうゆきはすっかりとなくなって
いつもの町になっていた。

あるのは
ぴんとさすようなつめたい空気と
おろしたてのような、とうめいな匂い

ばかされたような
夢を見ていたような

魔法のような
不思議な日だった



21:38 |  trackback: -- | comment: -- | edit

a story of Nov. 

うたう、 |

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立冬をこえ
すっかりさむくなって
海はついに
ながめるだけの季節になった

それはそれで
しみじみいい

春をまつ
堤防にすわって
海とむかう

十一月
小さなものがたりとうたの会
a story of Nov.
のおしらせです。

・・・・・・・・・・・・・・

2016.11.28 (mon)
a story of Nov.
小さなものがたりとうたの会

金子みすゞ
その人の詩と生涯

am 10:00 ~
at cibo (葉山・上山口)  →  

place charge 1,000en (お茶とお菓子つき) + donation




になって、
めにはみえない音、声、ものがたりに
みみと
こころ
からだをほどいて
ひらく。


十一月の物語は
金子 みすゞ

20代のころ、
夢中になって読んだ詩人で
あるころは自分とその人生をどこかで重ね合わせて
涙したり、
ふるいたたせたり、
やはらかく胸に抱いたりした。

ふと
ぬくもりのありがたさを
たしかめるようなこの季節、
久しぶりにひらいて
読んでみたいなとおもいます。

いくつかのおとやうた
朗読のあとは、
母音を手がかりに
ご自身の声で
内面に、深く潜り
自分自身をととのえてゆくような
声のワークもおこないます。

わたしとせかいがひとつであるような感覚を
共振、共有してみたいとおもうのです。

おしまいには
cibo の主 みとなさんお手製の
美味しいお菓子とお茶を
しみじみいただきながら、
シェアリング

ようこそおいでください

* お菓子のご用意がありますので
  可能な限り事前にご予約をいただけるとありがたいです。
  satomikan_y@yahoo.co.jp

・・・・・・・・・・・・・・・・

澄んだ
すずの音のような
やわらかく
雨のような
風のような
ひかり
そのまなざしを辿ってみる

ciboさんの場所をおかりするようになって
ぐるり一年が満ちました。
ここに
集えること
うたえること
わをかこめることに
あらためて、
感謝。


おおきな窓から
冬の気配と
鳥のこえ
お待ちしております

15:42 |  trackback: -- | comment: -- | edit

墨の匂い 

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昔、小学生の頃
三陸の北の端のちいさな町に住んでいて
学校の近くにある
書道教室にかよっていた。

ちっとも巧くはなかったけれど
土曜日に学校から重たい習字セットをぶらさげてそこへ寄り
ひとまずそこのお台所で、お弁当を食べるのが
すきだった。
母の結んでくれる明太子のおむすびが
一番すきだった。

それから、墨の、正しくいえば墨汁の
匂いがすきだった。

中学生になって
一緒にお弁当をたべた友達はばらばらとやめてしまって
ひとりでいって、
独りで習字をかいた。

広い教室のむこうのほうに
同級生のようちゃんがいて
前より大きくなった身体で筆をにぎり、半紙にむかっているのを
少し離れてときどき眺めた。

ときどきふっと目が合うと
かるく会釈をしてくれた
わたしはどんな顔をしてどんなふうだったのか
覚えていない。
というかみえてないか。

小学生のころはあんなに
普通に遊んだりお喋りしていたのに
いつのまにか男女はすっとはなればなれになって
透明の壁があるみたいになったのを
わたしは
みなより幼かったので
ああつまらないな、とおもっていた。

あのころ
ほんのりとすきだった
ようちゃんは
もういない。

わたしは中学の途中で引っ越して
だからそれはずいぶん後になってから
人づてに耳にしたことだけれど
わたしがおとなとこどもの狭間を漂うころ
(それは今もかわらないかもしれないけれど)
ようちゃんはこの世界のひとではなくなった。

実感はないのに
実感がないから
その不在がうそのようで
その不在がこたえた

今も時折
くうに
その名をよんでみる
かんけいないはずの猫がにゃーと返事をしたりする。

物質として
その身体は存在しないけれど
この世界
空気全体にとけているようにも
おもうのだ

いまもひとかけら
ともに
いきているようにも
おもう

それはいつか
わたしがいなくなってからあとも
きっとそうなのだと
わたしはおもう

みえるもの
みえないものが
時空をこえ
同時に存在している
一直線にではなく
まじりあって
ゆきつもどりつして
どれもなくならずに
ありつづける

そういう世界にいる
ひとりであって
ひとりでない

なにもかもと
ともにいるのだ

そうじゃないだろうか。

21:17 |  trackback: -- | comment: -- | edit