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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

a story of Sep. 

うたう、 |

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この夏も
あついあつい
あああつい
どうやって生きたらいいかわかんない
といいながらなめくじみたいにのたくっているうちに
あっという間
あっという間に
朝晩には涼しい風がふいて
窓をしめなけりゃ寒いくらいで
あれれ
今年もまた
秋がまじりこんできたなと
さみしくおもう

夏のあいだにやりたかったこと
大正屋のかきごおりも食べていないし
あれもこれも
やりきって
つぎの季節にゆかなけりゃあ

かたわらをみれば
息子はおしりをふりふり
はいはいの準備にいそしんでいる

あともどりはない
いちどきりを
いるんだや

さて
九月、ちいさなものがたりとうたの会
おしらせです。

・・・・・・
2019.9.11 (wed)
a story of Sep.
ちいさなものがたりとうたのかい

「祈り 原理と作法」 
森本 武 / 著

open /am 10:30
start /am 10:40 ~ 13:30頃
at cibo (葉山・上山口)  
10名
place & food charge 2,200en (昼食と飲み物、お菓子つき) + donation

food /  フーヤン (ハタナカイクヨ)
dessert , drink / 西來みとな(cibo)

*場の準備のため、door open は10:30からとさせていただきます。



になって、
めにはみえない音、声、ものがたりに
みみと
こころ
からだをほどいて
ひらく。


9月のものがたりは
森本武さん・著
「祈り 原理と作法」

てのひらくらいのさいずの
ちいさなこの本は以前、この町の本屋
カスパールで手にとりひとめぼれして買ったものだった。

買ったはいいが
なんとなく読破できないままいたのだけれど
このごろふとひらいてみれば
ああ
いまこれをよみたいな
共有してみたいなとおもう。

祈る
祈り
とは
祈りとともに生きる、とは

だれでも
どこでも
できることであるはずの
祈り
とはいえなかなか言葉にして説明のしにくい
この祈りのちからについて
すっとことばにしてあるこの一冊。

いくつかのおとやうた
朗読のあとは、
母音を手がかりに
ご自身の声で
内面に、深く潜り
自分自身をととのえてゆくような
声のワークもおこないます。

わたしとせかいがひとつであるような感覚を
共振、共有してみたいとおもうのです。

おしまいには
「フーヤン」こと、料理人ハタナカイクヨさんによる
この日のための特別なおひるごはんと
cibo の主 みとなさん手製のこころおどる季節のデザートとお茶を
しみじみいただきながら、
シェアリング

ようこそおいでください

* お食事のご用意がありますので
  ご予約を9月7日(土)までにいただけるとありがたいです。
  satomikan_y@yahoo.co.jp

・・・・・・・・・

庭にカンナの花がさいた
蝉しぐれをきくとほっとする
九月はすっかり秋かしら
どんな色姿をしているかしら

はじめてのなかを
だれしもが
あるいている
それはこどもや赤子にかぎったことでない

大きな窓のうつくしい場で
こころより
おまちしております。

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いかなくちゃ 

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なにをしんじるって
じぶんのなかと
じしんのちょっかんを
しんじる
ゆれてもいい
ゆれて
そこへかえってこれたらいい

なににしたがうって
わたしじしんの
こえにしたがう
それにまさるこたえ
なんてものはない
まどわされるな
まどわされてもいい
まどうて
そこへかえってこられたらじょうとう

いわかん

かなしみ

やりきれなさ

うやむやにしたいとこだけど
きっとわたしじしんにとっては
ほんとうのこと

それにふたを
しなくていい
みないふり
きにしないふり
しなくていい

へんだ
とおもったら
それは
へんだ
わたしにとっては
それがしんじつだ

しんじつは
ひとのかずだけ
あるのだから

わたしのおうこくの
あるじは
わたしだ
そのことを
わすれるな

ひれふすな
みうしなうな
げぼくとなるな
ごまかすな

ほこりたかく
どうどうと
ここにいきよ

どこがどうなっていま
どうしてここにいるのだか
かいもくわからなくなって
とほうにくれることがある
ないても
ねむっても
かきむしっても
なにもかわらない
ここがどこだか
いまがいつだか
わからなくなって
ほうけてしまう

たすけてくださいと
そらにいう
おじぞうさまに
てのひらをあわせる
おしえてくださいと
うみにいう

わたしは
わたしは
わたしはいったい
だれなんだ

ちいさなひとみに問う
わたしでよかったのか
ここでほんとうに
よかったのか
するとちいさなめが
わらう
くしゃっと
こちらをみてわらうのだ

わたしはあなたに
なにもよういしてやれない
そのうつわを
かたちを
けいたいを
よういしてやれなかった
ことを
わたしはこころぐるしくおもう
わたしはもっと
ふつうがよかった
そういうところへ
あなたをむかえたかった

そうおもう
ふつうの
おんななはずだった
そうおもってた

ふつうってなんだ

かたちなくとも
せめてわらっていられるだけの
てのぬくみ
あんしんやまるいもので
まもるもの

なぜ
どうして
そういうことばは
むなしく
なににもとどかない

ここはどこだ
わたしはだれだ
どこがどうなって
わたしは
いったい
なにをやっているんだろうか


まっていても
しんじていても
ただ時ばかりがすぎていく
ずるずると
ここへきて
たっているのだ
ばかなのか

ばかおんな
めをさませ
スカートのすなをはらい
たちあがれ
あるきだせ
てをはなせ

せすじをのばし
うみをみよ
ほほえんで
そらをみよ

あなたはどうどうと
あなたでいなさい
かくごをきめて
あるきだしなさい

もういかなくちゃ



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