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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

生息 

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娘から


30年 というと

遥か遠くを見るみたいな気持ちになる。



先日、たんじょうびがきて

30才になりました。



ましゅがその日

学校で書いてきてくれた手紙には、

「いよいよ さんじゅさいのたんじょびだね

おめでとう ましゅより」

と書いてあって、

いよいよ というところに笑えた。

確かに、気持ちとしては いよいよ である。




この日は朝から、

「ビニール袋ちょうだい」

というので渡したら、

学校で桑の実を採ってきてくれて、

「まずはこれがプレゼント」

といって、くれた。

だれだれちゃんにも手伝ってもらって、

いっぱい採ったのだ、という。



「たべてみて!」

と こちらをじーっとみつめ、

気づいたときには私より早いスピードで

もぐもぐあっという間に食べてしまった。

じゃ…じゃむにしようかともおもったのに…。

……。

ぎゅっとした紫の味。



ましゅは学校でおなかがすくと、

桑の実をたべるんだといいます。



あるとき、

「夕方のおやつはやめよう」

と言い出したので

なんで?ときくと、

「夕ごはんあんまり食べれなくなるから」

と、なんだか優等生なことをいう。

それじゃ夕方、おなかすいてフラフラにならない?

ときくと、

「桑の実たべてるから大丈夫」

と、いう。

おもしろい子である。



そういえば小さい頃。

私の家は学校からうんと遠かったので、

帰り道、花の密を吸いながら帰った。

男の子たちがシールだけ抜いて捨てる

ビックリマンチョコを、

すかさず友達と拾ってたべた。



図書館では

食べものの載ってる絵本が好きだったし、

食べものの出てくる手遊び歌が好きだった。

お弁当箱のうたとか、

手の指でフォーク作ってケーキたべるやつとか。



いつもいつも

おなかを空かせていたような気がする。

まあ、今もあんまり変わらないけど。



そんなわけで30才。

いざなってみると、

あまりに爽快で驚いた。

ぎりぎりまで、20代という看板にしがみついていたいような

めめしい気持ちだったというのに

一転、

こんなに清清しいもんかと目からウロコです。



日々、人生において

ついつい

いいヒトだとかはみ出さないことだとかを

やろうとしては疲れている、つまらない荷物を

ここでひとつ

どっこいしょと降ろして、

すたすたと歩けるような

そんな気分であります。



笑われたって、いいじゃんか。

すっと忘れては自己嫌悪

なんだけど。



楽しい日々でありますように。

こんな自分をすきでいられますように。



それから

日頃多大な被害を被りつつ、

共に笑ってくれる家族のみなさん。

おめでとうと言葉をくれた

大事な大事なひとたち。

本当に本当に有り難う。

みなさんのおかげで、

このへんてこりんな生き物は30年も生息できて、

今 生きててよかったとおもえます。



その日、

「さとみ 30」

と描かれたプレートののっかったケーキの

ローソクを吹き消して、

食べました。

お母さん、そのへんなプレートの文字はなんですか

……。


友人から
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