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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

花ばかり 

四季 |

モクレン


こぶしの花、

ミモザアカシア、

桜のつぼみ、

雪柳

……。

歩くみち歩くみち、心躍るものが目に飛びこみます 今日このごろです。



こぶしの花は、ローソクの灯りのようで

夜見上げるのがいい と、

ひそかにおもっている。



雪柳は大好きだけど

奥のほうで ごめんなさいっ て気持ちになる。

小学生のとき

田舎町をよっこら小一時間かけて通学していたのだけれど、

その道のりのちょうど中間あたりに みごとな雪柳の垣根があって、

春にはそこで、垂れる花房を指ではさみ、

つーっとしごいて手のひらいっぱいに花を取っては、

道のまん中で、

ぱっと 空にまいていた景色を思い出すのだ。



ちらちら落ちる白い花にうっとりして

何度でも何度でも、道がまっしろになるくらい

繰り返した。



寒い冬を耐え忍んで、

やっと春が来て咲く けなげな花の絶頂に

なんてことしてくれるんだきみは

と、今ではおもう。

花は逃げられないんだぞ、と

心底おもう。

もし今道端にそんな子がいたら間違いなく、

「お花かわいそうよ」

とか

「おやめなさいな」

とか、いってしまう。

絶対いう。



しかし当時あの残酷な現場をみた大人たちの

なんとおおらかなことでしょう。

叱られたりしなかったような…。

ねぎを引っこ抜いて遊んでいるときはさすがに

畑のおばさんに怒られたけど。

……。



ありを殺す子どもを叱ってはいけない とか、いう話もききます。

大人にいわれる言葉ではなくて、

いつか、自分自身の心が 命のはかなさだとか、

大事さとかに気づくのだとか。

頭ではなく、心の奥底から。



なるほど。

と、おもいつつ、ついつい口をミッフィーにはしておれない

おとながここにおります。

……。

日々反省でありますことよ。



でもじゃあ一体どこまで大人が口をだしてよいのか

というと、ちょっと考える。んだけど。





まぁまぁとにかく雪柳をみておもうのは、

あのころの、あの残酷さはなんなんでしょう。

と、いうこと。



桜の花の散るのがたのしくってたまらんで、

木に登って

ゆっさゆっさゆらしたりもしましたからね。



なんなんだ一体。

いまなら確実に怒っちゃうよ。



はかなさ とか、切ない だとか。

いつか終わってしまう、だとか。

終わりが来ることがかなしい、だとか。

どうにもならないからこそ切ない、んだとか。

そういうことは、年を重ねるにつれ

じょじょに心にうまれて、重なってゆく感情なのかもしれません。

ね。

その速度は人によって違う気もしているんだけども。



そうそう、先日娘とつくしをみつけまして。

毎年かなり必死、血眼になって探すつくしだけど、

今年はどっこい

何の気なしに遊んでいた都会の原っぱに ひょこりいました。

みれば無数に。

興奮して大騒ぎしたのは言うまでもなく…。

娘に、「つくし、ひとつくらい摘んでみたら?」

というと、

「かわいそうで摘めない」

とかたくなにいってゆずらぬ、娘氏。

あんた、わたしよりさては心が大人だな。



さてさて、桜ももうじき満開です。


つくし
12:17 |  trackback: -- | comment: -- | edit