
2月3日、まめまき節分。
そういえば娘の予定日はこの日でした。
けど、生まれたのはもうすこし後。
はじめて娘の顔を見た瞬間のこと、
今でも焼きつくように、覚えている。
さて、
先日の豆まき。
娘は園でおにのお面をつくってきました。
今年は新型・かぶり型。
まだインフル残るわたしに
「ママにもつくってあげるね」
とせっせとつくってくれまして。
本当は大きな紙でコップをつくってやるんだけど…
と紙を探し、ここにはないとなると
紙袋を使って
やれ紙をまるめてツノをつけたり、
目玉をはったり、
穴をあけてセロハンをはってのぞき穴をつくったり
して
見事なおにのできあがり。
ちょっと親ばかなことをいいますけれど、
あんた、見事だよ。
私がインフル菌によってふらふらしながら
仕事をしているとなりで、
もくもくと園で習ったことを も一度やって
こんなかぶり物を ひとりでつくるんだもの。
そりゃちょっと、セロハン付けるとき
ばあばに手伝ってもらって
なんぞ我儘いって怒られて、
ギャーピーいってたけどもさ。
娘は2歳のころから保育園に通い始めたので
たとえばオムツがとれるのも、
はさみが使えるようになったのも、
字をすこしずつ覚えたのも、
昼間のほとんどを過ごさせてもらっていた
保育園のおかげだった。
わたしが見ていない時間の間に
娘が吸い込んだものだった。
そのときどきの周りにいてくれた先生や、
おともだちや、私の母や、いろんなひとびとの温かさに
いくらしても足りないくらい感謝していると同時に、
むねの奥のほうに すーっと
冷たい水がこぼれたようになる。
過ぎた時間はもう二度と戻らない。
いつのまにか大きくなったような気持ち。
ってことはわたしにはまだまだ、
見過ごしているものがある。
鈍感ではいけない。
ときどきはっとしては、
こころに言いきかせながら生きとります。
さてと。
節分には、娘とふたり お面をすっぽりかぶって
「鬼はそとー!」 と
皆から豆をぶつけられながら
実家の家中を逃げ回りました。
ああ面白かった。
その日空けていて豆をまいていない我が家のことを、
「鬼がいるかも…」
と案じている、近ごろの娘です。
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