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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

がらりがらり 

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黒板



ひとも、時とともに変わるものであります。

そうしみじみおもうこと。

の、ふたつめ。



テレビ、見なくなったなぁということです。

テレビ嫌いなわけじゃ、もちろんないんでして、

ただ、

そのテレビジョンの持つ力を、あなどれないと感じているから。

そのチカラを、今は昔ほど必要としていないから、

なのかもしれません。



かつて、

夜の連ドラを、生きがいにしていたときもあったし。

学生時代・ひとり暮らし時代は、

テレビに話しかけ、つっこみながらご飯食べてた頃もあったし。



それもどうかとおもうけど、確実に、

私を支えてくれていたときもあった、ような。

いや、あったのですな。



テレビは時間を埋めてくれます。

なーんにも、しなくっても。

泣いたり、笑ったり、できる。

感動したり、新しいことを知ることもできる。

そんなチカラも知りつつ。



かつて、娘と一緒にいるときも、

じゃんじゃんテレビをつけっぱなしにしていた頃もありましてん。

ひとつのことにしか集中できないわたし、

もともとわたし、テレビっこ。

ましゅの呼びかけも耳に入らず、テレビに釘づけ、

とかね。

母親としてどうなのよ、と妹につっこまれつつ、

まことにそうだ、と反省して。

でもこれ、私の意志ではどうにもできないのよーと、

これをみるってとき以外、

テレビをつけるのをやめました。

音楽かけたりはしますけどね。



それ以来

わたしがご飯をつくっているとき。

とか、身支度をしていてかまってあげられないとき。

娘はというと

たいてい、

紙をちょきちょき切って貼って、何かつくったり、

せっせとどんぐりやビーズたっぷりパーティを用意してくれていたり、

お人形をベビーカーに乗せて走り回っていたり、

かとおもえば、

ぬいぐるみを次々預けにきて、保育園ごっこをしたり、

なんやかんや、遊びをつくりだしていて楽しげ。



ところが一度、

たとえばおじゃる丸が見たいとかいってスイッチをいれてあげようものなら、

ずーっと、

ずーっとずーっと、

テレビの前で座ったり、ごろんごろんしたりしている。

「消すよ」

というと、「えーーーー!」と、かなり反対する。

テレビがついている限り、

ついさっきまでしていた

“想像してつくりだす遊び”が、できなくなるんだなぁと、

あるときおもったんでした。



テレビって、おもしろくできていらっしゃる。

と同時に、今はあんまり必要じゃないかもしれない

とわたしはおもったのでした。

もちろん、これはぜひ見せたい! っていう素敵な番組もたくさんあって

それはできれば見せたいような、

迷うところですけども。

……。



子どもは外から与えられるものより、

想像して創りだす時間が多いほうがいい

と、なんとなく、わたしはおもっています。



そんなわけで、の我が家

が、

連日、ましゅと見ているのが

朝の連ドラ 「ちりとてちん」。



おばあさんか。

と、以前のわたしならつっこみたくなりそうなもんですが。



しかし、これは唯一、欠かさず見ております。

だっておもしろいんだもの。

私が号泣しておれば、娘はささっとタオルを持ってきてくれ、

ふたりで手をたたいて笑ったりもして、あっという間に15分。

“つづく”

の文字に毎朝、「つづく、やだー!」と無茶をいう、娘氏。

やだっていっても、明日の朝までやりませんよ。



ふいに、落語の口調を真似したりしている、最近の娘です。



テレビが悪者だ、とはおもわないし、

必要なときも、あるかもしれない。

だっておもしろいしね。

これが素敵、とおもう番組だって、人それぞれですしね。

ただ、これはテレビに限らず、

いい面や楽しい面の裏側にあること、例えばこわさも、

なるたけ知っておきたいものだなあと、

最近おもうのでした。

その上で、いろんなことを自分の判断で

その時々で、決めていければいい。

そんなふうにおもいます。



刻々と、変化しながらも。



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