
いよいよ夏本番である。
朝、セミの鳴き声で目が覚めた。
先日、仕事の帰りが予定より遅くなった。
取材を終え、電車に飛び乗ったのが19時すぎ、
都内から家まで
ひとっぱしりに走っても、帰り着いたのは21時前だった。
21時と言ったらあなた、娘を布団へ入れる時間。
通常、こんなことはありえない。
以前なら、近所に住む父母に応援を頼んでいたし、
少々離れた地へ引っ越してからは
どんなに遅くても夕飯までには帰宅するようにしている。
それがふいに、思いもよらずの事態。
電話をかけると、大丈夫、と気丈にも娘はいう。
冷凍庫にある、先日肉屋で買った肉まんをあたためて食べるという。
それからコロッケ、トマト、グレープフルーツのゼリーも食べていい?
むろん、いいに決まっている。
ほんとうにごめんね、食べたらお風呂に入れる?ときくと
うん、入る、とこたえる。
乗り換え時、ふたたび電話をかけると
「ごはん食べたり、買ったりしないできてね」
などという。
もちろんとんでかえる、とわたし。
わが家は古く、日が暮れると大人ひとりでいても薄ら怖いのである。
すっかり時計も21時を指そうという頃、わたしはようやくがちゃがちゃと玄関の鍵をあけた。
すると、
風呂上りにすこしおめかしをした娘がおかえり、といってとんできて
促されるまま進んだちゃぶ台の上には、
湯気をたてたカレー、きれいに切られたトマト、
かりっと両面を焼いたコロッケ、硝子に盛った小さなゼリー、
水滴をつけた水のコップ、が並んでいた。
カレーは先日母が作り置いていってくれた残り、
ごはんは娘が土鍋で炊いたのである。
きけば驚くほど自己流の炊き方だったけれど、
つやつやと光って見事な白飯だった。
普段は本ばかり読んで台所にあまり立たない娘。
10年って歳月は、こんなにもひとを成長させるのである。
その夜、いつもは一章分のところ
娘の眠るまで本を読んできかせることにした。
こわくて髪は洗わなかった、という頭てっぺんの、
娘の匂いを吸い込む。
近頃は彼女のリクエストで毎夜、赤毛のアン
「アンの夢の家」を読んでいる。
もうすぐ夏休みがくる。
| h o m e |