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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

中華料理 

台所 |

つる



大学生のころ、近所の中華料理店で
バイトをしていた。

よく通るカラカラした声で
まるで使えないバイトくんを
「やまだー!」と呼び、
叱られたりしながらも
沢山おせわになった。

山田がニンニク料理をしこたま食べた翌日には
「今日はちょっとこれで、ガムを買ってきてかみなさい」
と、100円玉をくれたりした。

そしてまた
ご飯がこれ相当に美味しくて
仕事が終わると毎度一品すきなのをつくってくれて
ビールと一緒にたらふくご馳走になったりした。

娘を産んでからも
家族でたびたび通っては
しみじみ、
「ここより旨い中華料理はない」
と山田家の面々は口をそろえていう。
これは実際、贔屓目なしにほんとのこと。
とくに、
我々はここのモツに目がなくて
牛モツねぎ和え
牛モツとニンニクの芽炒め
牛モツのから揚げ
・・・・
ゆけば片っ端からモツ料理を注文して
店のモツを食べつくすくらいだった。

お店はあるとき移転して少しばかり離れてしまったけれども、
毎年年末には忘年会かねて家族でゆくことにしていた。

昨年末、
マスターに電話をかけてみると
「今、店を閉めている」
という。
らしくない細い声で
「病気をしてしまって、結構悪くてな」

「癌なんだよ、山田」
って、いう。

私は気の利いたこともいえぬまま
電話をきった。
早くよくなってお店をあけてください
というのが精一杯だった。

以来、母の発案で鶴を折り始めた。
盲腸での入院中も、
消灯時間を過ぎて真っ暗になった病室で
手探りで鶴を折った。

むかし、祖父や祖母、いろんな大事なひとにもこうして鶴を折ったことがある。
祈って、ただ折ることしかできないけど
これがどこか大事なところへ、届くように。

娘も、妹も、母も、鶴の折り方をよく知らぬ父も。
そうしてできあがった千羽鶴を
さてようやく届けにいったときの話は、
長くなるので
また今度。
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