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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

八月しまい 

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umitosorani



八月も、そろそろしまいである。

タンクトップ一枚でさえ、
汗がしたたり落ちていた日々から
いつの間にか、
さーっと肌寒い風が吹いて
夜などは窓を開けていられないくらいで
(それは夏のパジャマをまだ衣替えしたくないからだけど)
そんなわけだから早々に鼻風邪をひいて、
ハナをたらしてくしゃみばかりしている。


以前、ここに「丘」の話をかいたら、
それを読んでくださり
ホタルの夜にうたった「丘」の音源で映像を撮りたい、
と言ってくれたのは
私の敬愛するpeacenic 

カメラをかまえてくれたノダマサシ氏の
魔法をかけて切り取られた一瞬のいくつかは、ここに。
     ↓

http://blog.masashinoda.com/?eid=219

これは11月23日にsyoku-yabo農園で開催される
peacenic 2013 
の映像になるのです。
詳しいことはまたお知らせするとして。

この日はshoku-yaboの丘で、うたいました。


海をみていると、
それがどこであろうと、
胸がおどり、一杯になって
わーーー、海だ
と、口に出して言っている。

「ママ、毎日みてるよね」
といわれるんだけど、
毎日みていたって、
海のそばで暮らしていたって、
海は、いつみても、こうふんする。

いつでも、昂揚させる。

海はいつでも、包み、こみ、
わたしを受け入れて、くれる。
声なき声を、ひろい
ことばではないものとしてこちらへ、かえしてくれる。
そのやりとりはわたしを、ととのえてくれ
心身を、勇気づけて、くれさえする。

わたしは思えば、昔からずっと
疲れ果ててどうしようもなくなると、
自分がふらふらにわからなくなると、
海へ自転車をこいでいた。

高校生のころは、山をこえて
学校とは反対側の、海へ

そこでわたしは海と話をして、
(ひとけのないときには声にだしてしゃべったり、わらったりしていたから
傍からみたら相当にいかれたようすだったとおもう)
元気をとりもどして、
すっきりした顔で昼頃、ようやく学校へ行ったりしていた。

大人になって、
海も山も感じない町中に暮らして
息苦しくて、
いきぐるしくて、
とうとう、海辺の小さな町へ引っ越すことにきめた。

うたをうたいはじめたのも、その頃で
その後、地震が、やってきた。
たくさんのものを失って、
たくさんのものをこわしてしまった。

それと同時になにか、
あらがいようのない変わり目のときであったことは、
きっとわたしだけでは、ないのじゃないか。

不思議だけれど、
おおきなものが
「変われ」
「今だよ」
と、いっているような気がする。

海は、いつも、そこにいて
寄せて、ひかり、波打って、かえす
海は、わたしたちの、おかあさんであるのだ、ろう。

海へと流れているかなしいものが、
これ以上、汚さないように
いのる。
海から与えられていることを、わすれぬように。

かなしい、をうむ
げんぱつも、せんそうも、かくも、
さよならだ。

海を感じ、
空を、
風を、
草花、
木々を、
大地を感じて、
共に生きよう。


八月も終わりかけに
そう、
海をみておもう。



   
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