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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

草とひと 

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kusa

お隣の家は空き家同然で、
年に二度の数日だけ
がやがやと人が来る。

それもいつの間にか途絶えてしまって
今はその持ち主らしいご夫婦が時折やってきては
草を刈ったり、
土地の境界線に虎縞模様のロープを打ちこんだりしてゆく。

そうして帰る時に消し忘れたのか
長い間電気はたびたびつけっぱなしで、
草は刈っても
そこいらに落ちているごみは拾わない。

だから彼らが去った後には、
はげちょびれになった地面と
虎縞ロープの境界線と
ペットボトルがころがる。

だからなんだ、
と私は言っていない。
ただの、じじつである。

先日も入り口脇にこんもりとあった一本の木を伐り、
竹を伐って行かれた。
ペットボトルがころがっている。
そうしてついつい先日、
その家主から依頼を受けやってきたらしいおじさん数人が、
その木の切り株を地面から引っこ抜こうと
四苦八苦している。

これは植えた木じゃないらしいから、
とおじさんはいう。
いつかいつの間にか生え、
いつかこうして
大きな切り株を残すほどとなった。
その年月。
春夏秋冬の、くりかえし。

切り株から下、は目には見えぬが
大地に深く広く、根を張っているのだろう。
それをうんうんいって
一日がかりで、
根を伐り刻んでひっこぬき、
そこにはとうとう石とコンクリの破片が露出する地面となった。
そうしてななめにまた、
虎縞のロープが打ちつけられている。

そこは
ほんの直径1.5~2メートルほどの
小さく、こんもりした緑地で
細い笹竹がしゅっと生え、
南国っぽい大きな緑の巻葉を
外側から広げる素敵な植物と、
白く小さな花をつけるもの、
いろいろの草々花々が生え、
鳥や虫、ときたま猫の隠れ場所でもあった。

今やすっかり掘り返されたあと、
あの子たちはまたいつかここへ生えてこられるのかなあ。


私は常日頃
草刈り機のたてる音が苦手で、
大きな音が耳にやかましいのと同時に
何かしめつけられるようなきもちになる。
草は悪者、
じゃまなもの、
っていうのは本当だろうか。

先日、草に詳しい方から聞いた話では
一斉にそこらの草を草刈り機で刈ると、
そのはげちょびれの広い地面からは
セイタカワダチ草など外来の強い植物ばかりが目立って
一面に生えるのだそうだ。
本来そこにあった
日本固有のさまざまな植物は徐々に姿を消している、
ということ。
かつては人の手で鎌を使い、
その日に刈れる分だけを刈ることで保たれていた調和が
みるみる壊れてゆく。
たしかに、ネジバナとかこの頃はあまり見かけなくなった。
家を囲む駐車場に
数年前まで生えていたヤナギハナイカダも
年々数を減らし、
今年はとうとう一本も見かけない。

根をひっこぬきながら、
なぜひっこぬいているんですかと尋ねる私への
話ついでに、おじさんはいう。
この駐車場の持ち主にも、
草を早く刈ってくれ、じゃないと蚊が多くて困るっていうといいよ
と親切にいう。
わたしは、
でも私、この草の生えている景色がすきなので
むしろこのままがいいんです
と、正直にこたえる。

なんだ、変わった女だなと
おじさんは思ったかもしれないが、
ひとまず
こういう人間もいることを伝えた。

木の根をぬくおじさんは悪人などではなく
むしろ
良人であるかもしれない。

人が、自然に生えてくる草花を雑草と呼び
疎ましくおもう、
そして力づくで排除することを何ともおもわない感覚が
わたしはすきでない。

人と草や植物
その間にくっきりと境界線をつけるのでない生き方を
わたしはしたいとおもう。

だからむろん、
国境線を分かつ国同士が争う、
戦争をする、
殺し合いをする、
などということは
どんな大義をつけてみても
愚かなことだとわたしはおもう。

集団的自衛権
はあ?
って、かんじだ。

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