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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

一匹の独立宣言 

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koke



我は一匹の、
自由なる生き物。

なにものにも縛られず、
なにものにも支配されぬ
気高き個。
心の奥の指し示すところのみに動き、
目、耳、鼻、口、身、こころで感ずるままに
生きる。

この国の現政府が
集団的自衛権を認める憲法解釈変更を
閣議決定したという。

ひとつ冷静になって考えるとする

「我が国を取り巻く危機的状況」
とやらを招いたのは、
いったいどなたなのか。

靖国参拝や
先の戦争での日本の歴史認識、
またその教育、
武器輸出の規制緩和、
領土問題をことさらに取り上げる発言
などなど
近隣諸国に挑発的な
言動を次々に繰り出しているのはだれ?

首相のおっしゃる
「国民の安全」
をおびやかしている張本人は、
なにを隠そう
ご自分ではないのか。

知性と品位、
柔らかな心はいったいどこに?
うつくしい国とはいかに?

終戦後、人々は
二度と戦争しないと宣言、約束した
憲法9条に安堵し、
それを誇りに思ったと聞く。

それは戦争がいかに
残酷で愚かで、
悲しく、
おそろしいものかを
身をもって体験した人々の総意ともいえる。

おろかな戦争で
殺された人、
殺した人、
飢え死にした人、
ばらばらに吹き飛んだ人、
散らばった手足の持ち主、
半狂乱で蛮行を働いた人々、
それを強いられた人々、
水に沈んでいった命、
焼かれた命、
溶けた命、
ちぎれた命、
吹き飛んだ命が
これをどんな目で、みているだろうか。

彼ら、彼女らの死
痛みが、
唯一意味をもつとするならば、
二度とこんな愚かなことは繰り返さないと
代々まで伝え
守り続けることしかないと思う。

戦後69年
戦争経験者が高齢になり
減ってゆく口のどさくさに紛れて、
託された苦い経験のバトンを
放り投げ
失ってはいけない。

私たちは過ちを繰り返さず、
せめて、
より良いものとなってゆかずして
生きている意味なんてあるだろうか。


私は、
この国が戦争をする
といったって
絶対に従わない。

兵隊となれ、
人を殺せ、
といわれても
それに一寸たりとも加担しない。
大事な人も
差し出さない。

それは罪ではなく、
生きる人間の
自由なる権利。

ここに宣言する

政府が勝手をするならば、
私はこれに従わない。

やおよろずの神たち
水をつくり、
森をつくり、
一輪の花、
一滴の雨にも宿る
土であり
虫であり、
草木であり、
太陽であり、
月、星々
それらに敬意を払い、
また
それらとひとつである。

ただ単純に
そういう生き方を
私は模索したいと思う。

一匹の人間として
ここに気高く
二本の足でまっすぐに立つ

私は
いかなる戦争にも加担しない。
戦をしなくてはならない国家など
私は必要としないし、
所属しない。

そのような考えには
屈しない。


今日は七夕
天の川はみえるかしら。










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