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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

 

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引越しをした友人の住む新しい家を訪ね
自転車をこいだ。

電話での道案内から察してこっち、
ずいぶん急な坂をのぼるなと思いながら
ぐいぐい、
自転車を押してゆくと道端に
お爺さんが立っていて、
なにするというわけでもなくそこに立つその人に
なんとなく
こんにちは、といって通り過ぎた。

するとそのときは別段表情を変えるわけでもなく
黙していたその人が、
あとから声をかけてくる。

なんだろうと振り返ると、
「筍はいりますか」
と氏は云う。

むろん、咄嗟のことでもまよわず
すきです、ほしいです、うれしいです、
と応える。

するとすたすたと氏は歩き出して
その先の大きな門構えの家にはいってゆく。
わたしはのこのこついて行って、
「ここにたくさんあって食べきれないからすきなだけもっていって」
という玄関先に転がる筍を
ちょうどこれから訪ねる友人への土産にもと
ありがたく
ふたつ、いただくことにした。

筍を抱えて門をでるところ、
その門の向こうに
着くのが遅いので迎えに来てくれた友人が
可笑しそうにわらいながら
うれしそうに立っていた。

私はどうやら道を間違えていたらしい。

彼女に筍をわたして、
彼女の新しい家へいった。

さっき出逢ったばかりのお爺さんは、
裏庭にまだまだ生えてきて食べきれないから
またいつでも採りにおいで、と
いってくださった。

ので、数日後
娘を伴ってのこのこ筍を採りに行った。
シャベルをもって訪ねてきた私に、
氏はそれじゃあ全然だめよ、といって
立派な鍬を貸して下すった。

なるほど鍬はおどろくほどすいすい、筍を
掘り出してくれる。
私は娘とさんざん筍を採って、
また友人のうちへお裾分けをして
袋いっぱいに抱えてかえった。

実はこのほかにも
毎年、筍堀りの会を催してくれる小川くんのうちで
一度、筍を掘って帰っている。

それでも、
全然
わたしも娘も筍が食べたらない。

季節にしてもうそろそろ筍も終いか、という朝にふと
今年はもう筍が食べられないだなんてそれは
ちょっと耐えられない、
とわたしが云うと、
娘も深く頷いてそういう顔をする。

どうしよう、
とわたしがいうと彼女はあっさり
こないだハイキングした帰りに筍生えてたじゃない、
あそこに採りに行けば、
という。

確かに、あそこにあった
生えていた
と、記憶がよみがえる。

そして他人事みたいにいう彼女は確かに
これから学校へゆく。
友達でも誘っていけばいいじゃん、と彼女はあっさり出かけていってしまう。

ので、
そういうのが好きそうな友人にメールをしかけたけれどふと、
なにもいつも誰かと一緒にわいわいやるだけじゃないよな、
と思い直し、
今日はひとりで、存分に木や森と、竹と筍と向き合って会話でもするか、
堪能してこよう、
ときめる。
ひとりでごそごそ竹やぶでやっている姿はちょっと怪しいけど。
ま、いいか。

そうしてリュックサックに軍手、シャベル、ビニール袋に新聞紙を入れて
今日はこれから嵐になる、という前の森へ自転車をこいだ。

山道をずんずん入って行って、
ここからがハイキングコースの入り口、の
ちょっとだけ手前のところに
竹やぶがある。
斜面がきつくて、
竹が鬱蒼と生え、
とくに誰かが管理しているというふうでもない。

その脇に自転車を停めて
その急な斜面に入ってゆこうとすると歩道の脇に筍が顔を出している。
ちょっと斜面を入ったところにもひとつ。
幸先よくふたつみつけるも、
これでは一生懸命掘っているところを道行く登山家に丸見えでちと恥ずかしい、
と、まずはスルーしてみる。

ところが、靴の中にたくさん土を入れながら
斜面を下ったり、竹につかまってその斜面を登ったりうろうろしてみたけれど
ある、ことはあるのだけれど
緑色に飛び出しているはずの先っぽが茶色い。
すこし触るとぐらぐらして抜ける。
つまり、すでに枯れている。
そういうのが無数にあった。

これは、
いよいよおしまいという季節のなせる内的要因がそうさせているのか、
またはなにがしかの
外的な要因があってこうなっているのかは
私にはわからなかったけれど、
とにかく残念であった。

仕方がないので、
最初に戻ってあのふたつを掘ることにする。

竹藪の中には、
この春生えてきたばかりの巨大に成長した筍や、
(私の背よりはるかに高いけれど、姿は筍)
その皮があちこちはがれて、
初々しい青竹色をぴかぴかに光らせているもの、
すでに老竹のていで斜めになりながら立っているもの、
驚くほどがっしりと太いもの、
するっと細いもの、
さまざまがある。
筍の皮はふさふさとこげ茶色の毛が生えて、
その美しい毛並みは撫でるとまるで
熊でも触っているような気持ちになる。

風がふいて竹が上空でぶつかり、
かかか、と音がする。
リスが軽快に走ってゆく。
中にはふと、
違う木があってそこだけ花を咲かせたりしている。

私はいつかちまきをつくるときに、と
竹の皮をいくつか剥いで頂いてきた。

そして斜面をのぼり、
道端で
それじゃ全然だめ、とお爺さんがいっていたシャベルで
一時間近くかけて筍を掘った。
土の上にはほんのちっとしか顔をだしていないのに、
掘れば、果てしないほど下に続いている。
今年最後、と思えば容易に途中でぽきっと折ってしまうことも
勿体なくて、
ほんとうにこれは果てしがないのかも、と想いながらも
黙々と土をほり、
ようやく掘り当てた。

山の斜面にあるもう一方は
土も柔らかいし斜面を利用してずっと簡単に採れた。

だいぶ汗をかいて、
二本の筍を山からいただくに至る。
幸い、その間その道を歩くひともなく、
怪しまれずに済んだ。

そうしてほくほく、
自転車をこいで家に帰って
大鍋で茹でた。

学校から帰った娘はそれをみて
でかしたな、という顔をして喜ぶ。

ひめかわはみそ汁に若布と一緒に入れても、
梅干をたたいてそれに和えても、
ほんとうにおいしい。

筍ごはん、
木の芽和え、
塩とオリーブオイルで焼いただけ、
グリルで両面を焼いて、その上にカマンベールチーズを一切れのせてさらに焼いて
チーズをちょっととろけさせてから
オリーブオイルと塩、胡椒をひいて食べるのも美味しい。

そうするうちにまたあっという間に、
筍はなくなってしまった。

ありがとう筍。
ありがとうまた来春に会いましょう。

合掌



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