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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

be free, be simple 

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9月になって
浜辺から海の家がきえた
海のなか
遊泳ゾーンをしめす囲いもなくなって
よりのびのびと泳げるようになった

視界一面にゆれる水
波と空しかないところへむかって
泳いでゆくのは、実に
気持ちがいい

どこまでだって、
いっていいのだ

空には羊雲がひろがって
すこしこわいくらいに
うつくしい

それもあっという間に
きえて
なくなる

なにか
だいじなことを
はなしかけられているような気がする。

わたしは
昨年の夏から辺野古へいっていない。
わたしのなかで
あの夏、突然
おおきな穴があいたような出来事があって
それはわたしの根底を
問われるようなことだった。

いったい
へいわとは
そのための
こうどうとは
いのるとは

ほんとうにのぞみをかなえたいとしたら
うごかしたいなにかがあるとしたら
たとえばせかいを
このくにを
かえたい
としたなら、
それは
いちばん
わたしが
なにを
どのように
することがそれへと
いちばんまっすぐに
ひびき、とどき、うごかすこととなるだろう、と。

それは他のひとにとって
みえる、みえない
わかる、わからない
ということでない
みえなくていい、わからなくてもいい
わたしのいちばん、をさがす

ここで確認しておきたいことは、
それは
わたしにとって、
ということ。

それはひとの数だけ、
ちがう。

わたしのこたえ、は
わたしからのみうごいてゆく。

左右されないし
左右しない
しなくていい、されなくていい。

なにかが
かわったきがする
なにもかわらないものも
内包しながら
おおきくなにかが、ひらかれた。

へのこを想わない日はない
あの島をおもわない日はない
わすれてなんかない
きえたりしない

海へゆくたび
向かい合って、とばす
とんでゆく
まっすぐのそれは
もしかしたらひかりより早く


前とはちがったほうほうで
わたしのやりかたで
あの海と
あの島と
いまもずっと
つながっている

それはたしかなこと

わたしにとっての
ほんとうを
さがしている
さがしていく

そのなかをゆく
ゆこうとおもう





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