
ここは
どこだ
いまは
いつだ
わたしは
だれだ
あなたは
だれ
それらは時々
すべてまるごと
なにもかもをふくんで
ここにあらわれたりする
その
なかは
とても
とてもやさしく、圧倒的で
なにもかもがひとつ
まるい
あいそのものだ
なににも境目がなく
なにもかもと
いっしよにいる
ひとつ
八月がおわる
あつくて
なめくじみたいに溶けそうで
はいつくばって
焼けてしまいそうで
水にはいって
わらって
ないて
まぶしくて
幸福だった
そういう夏だった
と
ふりかえってその名残を
惜しんだりするのは
とても、しあわせなことだとおもう
ありがとう
まだ暑いけれど
風は
果実は
夜の音は
すっかり秋の入り口をくぐり抜けている
ひとつ
ひとつ
二度とはもどれないけれど
だから
精一杯きょうを生ききることなんだよと
眠る前
いくつかの後悔を
あすへといかそうとおもう
足並みは
行きつ戻りつだとしても
そうやって
生きていくんだ
いつでもあたらしい
ここは
どこだ
九月
小さなものがたりとうたの会
a story of Sep.
ご案内です
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2018. 9.19 (wed)
a story of Sep.
ちいさなものがたりとうたのかい
「般若心経」
am 10:00 ~ 13:00頃
at cibo (葉山・上山口) → ●
10名
place & food charge 2,200en (昼食と飲み物、お菓子つき) + donation
food / フーヤン (ハタナカイクヨ)
dessert and drink / 西來みとな(cibo)
わ
になって、
めにはみえない音、声、ものがたりに
みみと
こころ
からだをほどいて
ひらく。
9月のものがたりは
「般若心経」
を、ふたたび。
伊藤比呂美 / 著
読み解き「般若心経」
からの現代語訳とともに。
おもいがけず、お経が続きますが
出家したり、
とりわけ仏教徒になったというわけではありません。
この日に場をひらけるのならば、
こえにだしたいとおもった
「般若心経」
からっぽ、のなかに
ある、も、ない、もないのであり、あるのだ、というなかに
いくつかのおとやうた
朗読のあとは、
母音を手がかりに
ご自身の声で
内面に、深く潜り
自分自身をととのえてゆくような
声のワークもおこないます。
わたしとせかいがひとつであるような感覚を
共振、共有してみたいとおもうのです。
おしまいには
九月より「フーヤン」としてあらたに活動をはじめる
料理家・ハタナカイクヨさんのおひるごはんと
(なんとこの日が「フーヤン」デビュー )
cibo の主 みとなさん手製のデザートとお茶を
しみじみいただきながら、
シェアリング
ようこそおいでください
* お食事のご用意がありますので
ご予約を9月15日(土)までにいただけるとありがたいです。
satomikan_y@yahoo.co.jp
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この夏は流れ星を
いくつもみた
ご一緒できますこと
こころより
お待ちしております。
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