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  日々、ミカンのこと                 

satomi yamada

水のした 

散策と旅 |

kobe


14年前

神戸がゆれた朝、

わたしは四国に住んでいて

寝床がはねるように動いて、飛び起きた。



高校2年生だったわたしは

日々、

増えてゆく信じられない死者の数を

伝えるニュースに

おののき、

ぼーとなった。



実感のともなわない頭で

それでも

ごはんを食べたり

自転車をこいだりして、

日々を過ごした。





先日、とある仕事で神戸へゆきました。



少し時間があいたのでひとり

「慰霊と復興のモニュメント」へいってみた。

ここは

現在『空気人形』を公開中の是枝監督の作品

『大丈夫であるように』

の中で、

Coccoが歌うシーンが残る場所でもある。






いつか、

ここへ来てみたいとおもっていたのです。



噴水の下、

まるい空間の壁一面に

犠牲者の名前が刻まれている。



ガラスの天井に水の泡と空が透けてみえて、

小さくうたをうたうと、

声が響いた。



ひとり

ひとりの

名を目で追うと、

このひとり、ひとりには

愛するひとがいて

家族がいて

あたり前の日常があったのだ

と、

あたり前のことをおもう。



明日はある

と、おもっていたひと。

いつの日ともおなじように

窓に光りが射し

靴をはき、

飯をはみ、

土を蹴り、あるき、

日常にすすみゆくと

おもっていたひと。



ひとひとひとひと無数のひとが

朝でふつりと

ゆれ裂ける大地に、足元に

のみこまれるように

消えていった。

のだ。



生きるとか

わらうとか

手をつなぐとか、

うたうとか

はしるとか

さけぶとか、

泣くとか

抱きしめるとか。

もっともっとしようとおもっていたであろう人の名が

こんなにも無数に並ぶ水の下

ありきたりだけど

おもったんである。



せめて自分は、

おそれず逃げずに

すべてにあたれと

砕け散るまで、懸命に生きんかい、と。



誰の代わりにもなれぬけれど、

が、ゆえに。



そうして

あらためて神戸という街を歩くと、

人々のとても仲がよいのが目に映った。

恋人や夫婦は

やわらかく手をつないでいるし、

些細な会話も、本気で笑う。



関西特有の空気というのもあるのだろうけど。

こと

神戸という街には

一瞬で大切なものが消え失せてしまう

そんなあやうさを

痛切に飲み込んできたからこその

今この瞬間

を、大事にする空気を

みた気がした。

個人的な見解かもしらんけど。



この地震で亡くなった方の数、6,400人以上

年が明けた1月で、15年が経つことになる。



大切なひとを失った事実は

心からずっと消えないだろう、とおもう。

抱え、生きているのだ。



ただなんとなく、

通り過ぎたりしない感じ。

中途半端じゃなく

やわらかい本気みたいなものを

身体の中に潜ませる



凛とした

とても素敵な街だった。



あれからひと月ばかりたったけど、

いまだ

あらゆることを中途半端に生き過ぎる自分を

あーあー

と、情けなくおもう

11月のはじめなのであります。
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